■日本人にもっと「大人の文化」を
―2014年に愛知県美術館で開催された「これからの写真」展では写真家・鷹野隆大さんの局部が写っている作品に対し警察が介入。その結果、作品の一部がシーツで覆われるという出来事がありました。
浦上:あれも日本の後進性を表していますね。写真はまだそういう怖さがあるが、浮世絵に関しては約25年前に学研が豪華本を出しています。それ以来、無修正の春画を巡っては一切のトラブルがない。豪華本から雑誌に至るまでです。そういう前例があるんです。日本にはもっと大人の文化があってもいいと思う。今回の「春画展」が一つの“試金石”になるかもしれないですね。
―展覧会がオープンしてからが大変かもしれませんね。会場自体が18歳未満入館禁止というのは前代未聞ですが、これは入館時にチェックするということですよね?
浦上:そうするしかない。それを徹底しないと公権力が介入するきっかけになってしまいますから。大英の時は16歳未満禁止でしたが、あちらは親が同伴であれば子どもでも見ることができた。日本では刑法上不可能。
―「春画」は芸術なのにもかかわらず。
浦上:一般の人が持っているイメージとのギャップがあるんでしょうね。江戸時代では春画は女性を交えて一緒に楽しむようなものでした。それがポルノと違うところ。ポルノが駄目だとは言わないが、江戸の春画は粋なものであって、笑いあって見ていた。だから「わ印」(編集部注:春画の隠語)ですね。「見たい人が見る、見たくない人は見ない」という当たり前の文化を日本にも根づかせたほうが良いですね。もっと「大人」にならなくては。チラシですら置いてくれない博物館もあったからね。
―チラシですら、ですか?
浦上:年齢制限のある展覧会のチラシは置けないと。頭が固い。JRで交通広告も出していますが、当初大英博物館でトートバッグのデザインに使って人気があった歌麿の絵を使おうと思っていたのですが、これも却下された。理由を聞いたら「男女の性を感じさせるから」。それは当たり前でしょと。不思議な国ですね。
■「本物」を見る必要がある
―これほどまでに多くの困難があったとは想像以上でした。
浦上:春画だけに限らない、この国の実態を垣間見ましたね。誰も責任を取りたくない。「保身」、「自主規制」です。声高に反対する人たちは本物を見たことがない。先入観だけで物を言っている。これはいけない。
―今回の「春画展」には浦上さんの所蔵作品も出品されますが、浦上さんの勧める見どころをお聞かせください。
浦上:展覧会の一部として春画を見せるものはありますが、今回の展覧会のように「オール春画」は初めてで、だからこそ意義があります。決してキワモノを見せる展覧会ではない。見たことのない人こそ見てほしいし、自分の眼で判断してほしいです。良い作品を揃えているので、いい機会になると思いますよ。見ずして非難はしてほしくない。
―何度も仰っているように、「本物」に触れてほしいということですね。
浦上:そうです。全ての浮世絵師が春画を描いたといっても過言ではない。春画専門の絵描きなんてものもいなかった。それくらい(当時は)当たり前の事だった。春画を描くとその人の腕前が分かるとも言われていましたから。
―考えてみると春画にはそのモチーフの性質上、「動き」が必要ですよね。だから難しい。
浦上:その場で見ながら描いていたのかどうかという議論もあります。見てはいるのでしょうが、その場面を頭に入れておいて後で描いている。一種の心象風景ですね。よくよく考えると春画には不自然な点がいっぱいある。局部を巨大に描いているものは普通だとバランスが崩れるけど、そうはならない。それが腕前です。男も女も顔が見えるのに、結合部分も見える。これにも無理がある。何が言いたいのかというと、基本的に春画は「ファンタジー」なんですよ。ただ過激なことを描いているだけでは皆すぐ飽きてしまいます。そうではない。私は(春画を)クールジャパンの筆頭に持って行ってもいいくらいだと思っています。
―9月20日からは永井画廊でも銀座「春画」展が始まるなどブームの兆しが見えています。
浦上:そうですね。小学館からは「春画展」関連書籍が3冊も刊行される。実はこの展覧会は永青文庫が終わった後、京都の細見美術館に巡回し、2016年2月6日から2ヵ月間、京都展が始まります。東京で評判を読んだら関西でもという声が上がるでしょう。東京で3カ月、京都で2カ月、その間に1カ月を挟みますから計6カ月間「春画」が話題になる。一カ所だと「点」ですが、二カ所だと「線」として展開できるようになります。「春画」に対して正しい理解をしてもらおう、いいものを見てもらおうと思っています。
うらがみ・みつる
幼少の頃より、コレクターであった父、浦上敏朗(山口県立萩美術館・浦上記念館 名誉館長)の影響で古美術に親しみ、大学卒業後、繭山龍泉堂での修行を経て浦上蒼穹堂を設立。数々の展覧会を企画開催し、また、日本の美術商として初めて1997年から11年間ニューヨークで「インターナショナル・アジア・アート・フェア」に出店。ベッティングコミッティー(鑑定委員)を務めた。現在、東京美術倶楽部取締役及び東京美術商協同組合副理事長。2011年「古美術商にまなぶ 中国・朝鮮古陶磁の見かた、選びかた」(淡交社)を刊行。45年にわたり約1500冊の「北斎漫画」を蒐集するなど、世界有数の北斎漫画コレクターとしての顔も持つ。
東京展
【会期】2015年9月19日(土)~12月23日(水・祝)
【会場】永青文庫(東京都文京区目白台1-1-1)
【TEL】03-5777-8600
【休館】月曜、ただし祝日のとき開館
【開館】9:30~20:00(日曜は18:00まで、入館はそれぞれ閉館30分前まで)
【料金】一般1,500円
【入館制限】18歳未満入館禁止
【関連リンク】永青文庫
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京都展
【会期】2016年2月6日(土)~4月10日(日)
【会場】細見美術館(京都市左京区岡崎最勝寺町6-3)
【TEL】075-752-5555
【休館】月曜
【開館】10:00~18:00(入館は17:00まで)
【料金】一般1,500円
【入館制限】18歳未満入館禁止
【関連リンク】細見美術館