富井玲子 [現在通信 From NEW YORK] :バーバラ・ロンドン―一人称美術史の妙味

2020年02月27日 10:00 カテゴリ:エッセイ

 

バーバラ・ロンドン著『ビデオ・アート』の表紙と裏表紙

バーバラ・ロンドン著『ビデオ・アート』の表紙と裏表紙のデザイン・コンセプト。ハードカバーの表紙はシルバー仕立てで光があたると虹色に輝く。

 

友人のバーバラ・ロンドンがファイドン社から『ビデオ・アート』なる著作を今年1月に出版した。副題は「最初の50年」。アンペックス社の商業用ビデオレコーダーが登場したのが1956年。民生用の展開はやや遅れて、先駆者ナム・ジュン・パイクがソニー社のポータパックを使い始めた65年が、ビデオ・アート元年とされている。

 

ニューヨークに生まれ育ったロンドンは、早くからアートに親しみ、学部生時代にはダウンタウンの前衛芸術やカウンターカルチャーを追求した。大学での専攻はイスラム美術だったが、修士課程を修了する70年にマース・カニンガムのダンスを見て時間芸術への関心が目覚めた、という。

 

同年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の国際部門に就職。版画部門に異動して当時はまだ注目されていなかったアーティスト・ブックを手掛けたのち、ビデオ・アートに専念するようになる。ジャンルの壁の厚い MoMa の中で展覧会企画や収蔵を積み重ねながら「ビデオ・アート」をモダニズムの中核表現の一つとして確立していった。

 

かくしてロンドンの伝記は、わずか数年の遅れでビデオ・アートの歴史に重なる。多様な実践の現場調査のみならず、美術史の中にビデオ・アートを定着させ、新規メディアにつきものの技術問題にも配慮してきた。いわば「歴史」の形成の現場で仕事をしてきた、と言っても過言ではない。

 

それだけに、一人称の記述を随所に取り込んだ本書は、ビデオ・アートの黎明期を彷彿とさせて、回顧録としても面白く、美術史としての情報量が豊かで読み応えもあり、入門的概説書としての役割も担っている。

 

『ビデオ・アート』の序章では著者の同時代的体験に根ざした語りが読者を引き込んでいく。

『ビデオ・アート』の序章では著者の同時代的体験に根ざした語りが読者を引き込んでいく。

 

ロンドンと日本の関係もまたビデオがつないでいる。ビデオカメラを作った国として興味を持ち、当時の金額で五千ドルの助成をアメリカ松下電器から受けて78年に来日、79年に「Video from Tokyo to Fukui and Kyoto」展を企画し全米に巡回させた。

 

日本人作家では、久保田成子が76年に制作したビデオ彫刻《デュシャンピアナ―階段を降りる裸婦》、また古橋悌二のリリカルな94年のインスタレーション《Lovers》を MoMAに収蔵したのもロンドンだった。

 

ロンドンが調査で集めた資料は同館のアーカイブやライブラリーに収蔵されている他、ロンドンが同館で企画した展覧会のデータはプレスリリースとともに、自らのホームページで公開している。

 

さて、去る1月20日に古巣の MoMA で開催された出版記念会に出席した。メディア・パフォーマンス部門の主任キュレーター、スチュアート・コマーとの対談の中で印象に残ったのは、大学院生に必ず教えているという言葉だ。「常に一次資料にあたりなさい。人の書いたものを鵜呑みにしてはいけない。作家インタビューはいくつも読みなさい。映画の『羅生門』と同じで一つのエピソードにいくつもバージョンがあるから」。現場で作家たちと交流しながら長く仕事を続けてきたキュレーターならではの教訓だろう。

 

MoMAの出版記念会で語るバーバラ・ロンドン Photo © Paula Court

MoMAの出版記念会で語るバーバラ・ロンドン Photo © Paula Court

 

MoMAメディア・パフォーマンス部門主任キュレーターのスチュアート・コマーと対談するバーバラ・ロンドン

MoMAメディア・パフォーマンス部門主任キュレーターのスチュアート・コマーと対談するバーバラ・ロンドン

 

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