漱石脳内の美術館を徹底探索
古田 亮(東京藝術大学大学美術館准教授)
明治の文豪夏目漱石。漱石の文学世界は、実は美術と密接な関係がある。漱石は無類の美術愛好家であり、小説には古今東西の作品、画家たちが登場する。彼の脳裏には「漱石美術館」とも呼びたくなるような豊穣な美術世界が広がっているのだ。この度の展覧会は、漱石自身を案内役として彼の文学世界と美術世界との関係を、可能な限り目に見えるようにしようという試みである。
たとえば『坊っちゃん』では、無人島の松がターナーの絵にあるようだという話題から、ラファエロのマドンナを引き出し、「マドンナの話はよそうじゃないか」と赤シャツに言わせる一場面がある。今回、この一節のためにターナーの大作《金枝》をわざわざイギリスから借用してきたのだから、坊っちゃんに言わせれば無鉄砲な展覧会ということになるだろう。
序章は『吾輩ハ猫デアル』に焦点をしぼり、第1章では、ターナー、ミレイ、ウォーターハウス、ロセッティ、ホガースなど漱石が言及している西洋美術の名品の数々がならぶ。第2章は日本東洋の古美術だ。俵屋宗達、狩野探幽、渡辺崋山、王淵など、日記や小説には多くの画家が登場する。そして第3章では、『草枕』『三四郎』など、とくに美術と関係の深い文学作品にスポットをあてて、絵から小説を読み解いていく。たとえば、『三四郎』では画集に載っている人魚の絵についての描写があるが、この絵はウォーターハウスの描いた《人魚》そのものである。第4章は第六回文展の出品作品を中心に、同時代の画家、作品に対する漱石の美術批評を取り上げる。横山大観はじめ近代画家たちの代表作が漱石の評を読みながら鑑賞できる。第5章は、浅井忠、橋口五葉ら漱石と親交の深い画家たち。第6章は、漱石自筆の書画、そして第7章は装幀と、盛りだくさんな展覧会となっている。
その中で、特別な作品を2点紹介しておこう。今回の展覧会のために新しく制作された《森の女》と《虞美人草図屏風》である。《森の女》は、『三四郎』のなかで原口という画家がヒロイン美禰子をモデルに描く作中画、《虞美人草図屏風》は『虞美人草』の最後でヒロイン藤尾の死の枕もとに置かれる酒井抱一作の屏風で、どちらも読者の想像の世界にしか存在しない絵だ。それを、どんな作品だったのか再現しようという試みで、画家の佐藤央育氏、荒井経氏にそれぞれ依頼して出来上がったのがこの2作である。見てから読むか。読んでから見るか。2度楽しめる展覧会なのである。
夏目漱石の美術世界展
【会期】 2013年5月14日(火)~7月7日(日) ※会期中、一部作品を展示替え
【会場】 東京藝術大学大学美術館(東京都台東区上野公園12-8)
☎03-5777-8600
【開館時間】 10:00~17:00(入場は閉館30分前まで)
【休館】 月曜
【料金】 一般1500円 高校・大学生1000円 中学生以下無料
※障がい者手帳持参者と介助者1名は無料
【巡回】 2013年7月13日(土)~8月25日(日) 静岡県立美術館
【関連リンク】 「夏目漱石の美術世界展」公式サイト
「新美術新聞」2013年5月21日号(第1312号)1面より