中国服女性像と「オリエンタリズム絵画」
貝塚健(ブリヂストン美術館学芸部長)
30点近くの中国服を着た女性像が並ぶ展示室には、艶やかな色彩が溢れかえっている。すべて日本人が描いたもの、それも油彩画だから、少々ひねくれた企画かも知れない。しかも半数以上は、モデルが中国人ではなく日本人女性である。幾重にも織り込まれた画家たちの屈折した企みが、この展覧会のきっかけとなった。
古代から近世にいたるまで中国は、日本が仰ぎ見る先進大国だった。漢字を使い、漢文学を古典と位置づけてきた日本は、東アジアの中華文化圏の一員だった。その日本は明治維新以降、ヨーロッパとアメリカに眼を向け始める。西洋化競争に先んじたのは日本のほうだった。1890年代の日清戦争に勝利した日本は、中国大陸へ進出する欲望を次第にあらわにしていった。
一方、1912年、辛亥革命によって清朝が崩壊し、中華民国が建国される。人材と文物が日本に流れ込み、中国研究が一気に進むことになった。そんな大正期、日本で中国ブームがわき起こる。文学では、谷崎潤一郎や芥川龍之介らが中国にテーマをとった小説を次々に発表し、中国大陸を訪れて旅行記を残した。呼応するように美術の世界でも中国趣味が登場する。
最も早い油彩による中国服女性像は、1915(大正4)年の藤島武二《匂い》だと考えられる。その藤島が1920年代に盛んに取り組んだのが、中国服の女性を真横から描いた上半身像だった。藤島はヨーロッパ留学で見たイタリア・ルネサンスの横顔女性像が忘れられなかった。その構図を踏襲して、東京で日本人モデルに中国服を着せて描く。藤島は50着以上の中国服を集めていたという。《女の横顔》はその典型作。モデルは竹久夢二に愛された「お葉」だとされる。美しい横顔にこだわった藤島のきびしい好尚にかなったモデルだったのだろう。東洋と西洋の文化を飲み込んだ作品をつくろうとする藤島の意図は、発表当時から見るものに印象づけられた。
藤島から8年後、チャイナドレス女性像を描いた洋画家に安井曾太郎がいる。《金蓉》は、細川護立の注文によって、好んで中国服を常用していた小田切峯子という女性を目白のアトリエで描いたもの。薄いピンクの背景に、ドレスの深く鮮やかな青が目にしみる。1930年代の成熟した日本洋画を代表する作品である。藤島も安井もヨーロッパ体験を持った。彼らが身につけたものは単にアカデミックな技術だけではなく、パリやローマで学び取った西洋人のオリエンタリズムの眼差しだった。こうした中国服女性像を「オリエンタリズム絵画」として位置づける論議が、昨今、さまざまに興味深く展開されている。
【会期】 4月26日(土)~7月21日(月・祝)
【会場】 ブリヂストン美術館(東京都中央区京橋1-10-1) ☎03-5777-8600
【休館】 月曜、ただし4月28日、7月7日、7月14日、祝日は開館
【開館時間】 10:00~18:00(毎週金曜日は20:00まで、入館はそれぞれ閉館30分前まで)
【料金】 一般800円 大学・高校生500円 中学生以下無料 65歳以上600円
【関連リンク】 ブリヂストン美術館
「新美術新聞」4月21日号(第1342号)1面より