■福岡で出会った『宇宙勾玉』―
― 5月の刊行の際には、唐津で刊行記念のイベントを実施されていますね。日本を代表するやきものの産地です。
茂木:実は、ずっと小倉だと思っていた母の生まれが唐津ということを最近知りまして。僕と白洲さん、「自在屋」店主の勝見充男さん、唐津やきもん祭り実行委員長の坂本直樹さんでシンポジウムを行いました。唐津に行って感じたのは「多様性」ですね。大陸との文化的交流の入り口として、時代によって、窯によっても表現が異なります。その多様性の中から選り抜かれたものが今日に残って生きているのだなと。
― 茂木さんが気に入られるのは、唐津や伊万里など東松浦半島で生産されたやきものが多いようですが、それはそのような茂木さんのルーツと関係があるのでしょうか?
茂木:ん~、どうだろうな。でも不思議ですよね。ああいう渋さがあるものが好きなんです。幼い頃から九州の親戚の家に行っていましたので、触感や風合いなどに無意識に親しんでいたのかも知れません。
でも、今回つくづく思ったのは、日本人の美意識の鍛えられ方、向き合い方の凄さです。今日、中国や朝鮮では既に失われているものが、日本では「骨董」として愛されている。それこそ縄文から始まって各国のありとあらゆるものが骨董として扱われていますからね。本当に奥が深いですよ。
― だからこそ、多くの方が骨董に夢中になってしまう。いわゆる「狐が憑く」わけですね。
茂木:といっても高いものは億なんて値段がつきますから。骨董を巡る人間模様を見ると、僕は「垣間見る」ぐらいがちょうど良いなと。でも、白洲さんに「骨董は買わないと分からない」としきりに言われていて、実は福岡の豊後堂というお店で、ついにこの勾玉を買ってしまったんです。
― 読んでいて、茂木さんはどのタイミングで骨董に手を出すのかというのも気になりました。この勾玉は、どこに魅力を感じられたのでしょう?
茂木:前から勾玉には関心を持っていたんです。日本の骨董と考えたときに、最も原点に近いものが勾玉なのではないかと。人間の胎児だと言う人もいれば、魂のかたちだと言う人もいる。正体が分からないところもいいですよね。実はこれ、『美の仕事』初版の印税とほぼ同額のものでして……。僕は『宇宙勾玉』と命名したのですが、白洲さんには『印税勾玉』だなんて呼ばれてます(笑)。
― 『宇宙勾玉』ですか。不思議なネーミングですね。
茂木:いつかこの勾玉を持って宇宙に行ってみたいと思ったんです。それに相応しい人間になろうと。そのような人生を歩もうとインスパイアしてくれる。白洲さんもずっと「骨董を眺めていると書くものが変わってくる」と言っていて、小林秀雄さんも骨董を身近に置くことで良い文章を書いていたんじゃないかな。科学者としての自分、それと最近小説を書いているのですが、小説家としての自分にとって、この勾玉はいわば「生産財」ですね。
※茂木氏が勾玉を購入したエピソードは、発売中の『目の眼』2015年9月号にて。
■日本の「骨董」を世界的な美の文脈へ―
― 連載も25回を迎え、茂木さんもついに「自分の骨董」を手に入れられました。狐は憑きそうですか?
茂木:まだですね。小林秀雄さんも、実際に狐が憑くまで5~10年かかったと聞きました。最初のうちは青山二郎さんにお店に連れて行かれても、興味が無くて本を読んでいたそうですよ。僕はこの連載を始めてまだ2年しか経っていませんし、狐が憑くまで骨董を分かっていない。それと、ライフスタイルもあるのではないかと思っています。僕は有吉弘行さんに「賢いホームレス」とあだ名をつけられるくらい、めったに家に帰らないですから。骨董に相応しいライフスタイルではないのかなと。
― 骨董に相応しいライフスタイルとは。
茂木:取材中も何度かお店の人と話しましたが、難しいですよね。茶室が無くても、縁側が無くても、下戸の人でも、骨董があることで生活が豊かになるようなスタイルを考えていかなければならない。白洲さんは骨董の酒器を日常的に使われていて、そういうのは良いなあと思います。それと、これからは日本の「骨董」を世界的な美の文脈にどのように入れていくのかというのも課題だと思います。
― 本書の中でも「現代美術展をみる」という章で、東京ステーションギャラリー「プライベート・ユートピア ここだけの場所」展にいらしてますね。現代の美術と骨董に重なるところ、異なるところはありますか?
茂木:僕は骨董にしても現代美術にしても、 「美」は普遍的なものだと思っています。例えば、現代美術家の杉本博司さんは、骨董を現代風にアレンジして作品として発表されてますよね。もちろん同じ「美」という普遍的な概念を有するものでありながらも、その文脈が一致しない場合もありますし、杉本さんのように一致する部分もある。また、骨董の世界にある「伝世品」というのは、人から人へと時代の流行を超えて「美しい」とされてきたもののはずなので、いわゆる「クラシック」でもありますね。現代美術は100年後、200後にどう評価されているかは分かりませんが、骨董は「クラシック」であり続けるような気がします。
―これからの連載も楽しみにしています。行ってみたい骨董店や観てみたいものはありますか?
茂木:どこへでも行ってみたいですね。有り難いと思うのは、本当に名店中の名店を選んで下さっているので、目が鍛えられている気がします。もちろん、まだまだ修行が足りないですが。それに本当に欲しいと思うものとは、いつどこで出会うとも分かりませんから。うん、だからみんな狂ってしまうんだろうなあ。
もぎ・けんいちろう
1962年東京都生まれ。脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、慶應義塾大学特別研究教授。東京大学理学部、法学部卒業後、 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。専門は脳科学、認知科学。2005年、『脳と仮想』(新潮社)で、第4回小林秀雄賞を受賞。2009年、『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。その他著書多数。今年5月には、初の小説「東京藝大物語」を講談社より上梓している。
『美の仕事 脳科学者、骨董と戯れる』
茂木健一郎 著
株式会社目の眼 刊(2015年5月1日 初版第1刷発行)
224ページ・ハードカバー
定価2,916円
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