当時私はもちろん奥谷画伯の名前は知っており、且ついくつかの絵画は画集などで見たことがありましたが、奥谷画伯の経歴の詳細は知りませんでした。しかし奥谷画伯が30代半ばまで日本で修行された後、1967年に最初の外国訪問国としてフランスに来られ1年間滞在され、更には1971年から2年半に渡りフランスを中心としながらもヨーロッパの各国を訪問され、ヨーロッパの色々な絵画を勉強されその結果、日本文化の伝統を踏まえながらも、ヨーロッパの20世紀の巨匠達の絵画からも学ばれて、独自のスタイルの油絵を確立されたという事を聞き、まさにこのような画家の作品展をユネスコ本部で開く事は非常に意義があると判断しました。しかしながら単に奥谷博作品展と銘打つよりも、テーマを絞った作品展にした方がいいと考え、翌2007年が世界遺産条約採択35周年に当たる事を考え、世界遺産を対象とした作品に絞って展示する事にし、ユネスコ側としても奥谷博展を世界遺産条約採択35周年行事の一環として位置づける事にしたい旨提案しました。奥谷博画伯のそれまでの作品を収めた画集をながめると1960年代から始まり、フランス、イタリア、トルコ、中国等の国における世界遺産を対象とした力強い作品がいくつもあり、また日本についてもいくつもの世界遺産を対象とした作品がありますが、しいて言えば奥谷画伯が日本人であるからにはもっと日本の世界遺産を対象にしたものを追加していただけないだろうか、その関連であえて言えば姫路城、厳島神社及び日光について新しい絵画を描いていただければ世界遺産に焦点を絞った奥谷博作品展が盛り上がると思う旨付言しました。
そうしました所、奥谷博画伯は早速2006年にこれらの3箇所に赴き新しい作品を描いてくれました。その上で2007年3月に奥谷博作品展をユネスコ本部で開催し、そのオープニングには奥谷博画伯にもおいでいただいたところ、何十人もの各国大使が出席してくれ、それに加えて日本文化に関心を持つヨーロッパの知識人、フランスにおける在留邦人等も大勢出席してくれ、会場に入りきれないぐらいになりました。
奥谷画伯に出展していただいたのはフランス、イタリア、トルコ、中国、日本等における前々から描いておられた世界遺産を対象にした作品に加え、2006年に新たに描かれた作品合計33点でした。いずれも世界遺産を対象にした単なる写実的な絵画ではなく奥谷流の独自の解釈を加えた絵画でした。全体として世界遺産条約採択35周年記念に相応しい行事として賞賛を浴びましたが、中でも好評であったのは2006年に新たに描かれた作品で、中でも厳島神社の前の海の中にある鳥居を中心とした作品はその力強いプレゼンテーションから見る人を圧倒し、一番好評でした。
今年は世界遺産条約40周年の年で1月から世界各地で色々な行事が行われており、その締めくくりの行事を11月6、7、8の3日間京都で行いました。ボコバ事務局長の他、ユネスコの世界遺産担当者をはじめ世界各国より多数世界遺産の専門家が京都の国際会議場に集まり、3日間に渡り今後の世界遺産条約体制のあり方につき議論し、その結果を「京都ヴィジョン」というような形でまとめました。この機会に奥谷博画伯の日本の世界遺産を対象とした絵画11点を展示したところ、世界各国からの出席者から大きな賞賛をいただきました。
また、この機会に奥谷博画伯の世界遺産を対象とした90点の絵画について画集が出され、ボコバ事務局長をはじめ主要な出席者に進呈したところ大変好評を博しました。
「新美術新聞」2012年11月21日号(第1297号)1面より
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