未来への協賛―香港のアジア美術アーカイヴ2
黒田雷児(福岡アジア美術館学芸課長)
香港のアジア美術アーカイヴ(以下AAA)の紹介を続ける (前編はこちら)。
AAAは、2011年に10年間の活動記録を刊行しているので、この驚異のアーカイヴがどのように運営されているかを知ることができる。
まず予算。2009年度の収入は、約1億2600万円。そのうちの香港芸術発展局と政府の支援は10%にすぎず、12%が基金・企業および個人の寄付であり、毎年に集めないといけない資金が約73%もあるから、それだけで大変な仕事だ。興味深いことに、その多くが、2002年以来毎年開かれるオークションの収益である。作家やギャラリーが寄贈してくれる作品を、サザビーズの協力を得て本格的なオークションで売るもので、美術市場の盛んな香港ならではの手段かもしれない。
支出は約8500万円。プログラム(事業)費と図書館にかかる経費がそれぞれ40%弱で、運営費が16%、ウェブサイトが7%。都心部のビルを借りる家賃をまともに払えば大変だろうが、不動産会社がスポンサーとなっている。571㎡の空間には、開架書架(コピーもできる)、CDやDVDのキャビネットのほか、貴重なオリジナル文書・記録を補完する空調つきの部屋がある。東京、北京、ソウル、台北、マニラ、デリーに住む調査員に依頼し、寄贈と購入で集めた資料を香港に送らせている。アーカイヴとしては意外なほど事業費の比率が高いのは、前回に紹介したような非常に多くの研究プロジェクトやシンポジウムや講演会などを実施しているからであり、そこにあるのは、アーカイヴとは固定した歴史観・芸術観を補強するものではなく、使われ、比較され、吟味され続けることで常に歴史を更新していくものであるという思想なのだ。
事業に力を入れた2008年以後の図書館の利用者は毎年2千人前後で、その2~4割が海外からである。ウェブサイトへのアクセスは毎年20万人前後。というと図書館としてはたいして多くないように見えるが、規模的には決して大きな施設ではなく、かつ「アジア現代美術」に特化したアーカイヴであることを考えれば、相当に密度の高い活動をしているといっていいだろう。イベントへの出席者は1万2千人を超える。
これが可能となるのは、発起人となったギャラリストや法律家たちの情熱、世界中の美術関係者とのネットワークだけではなく、香港および世界各地の美術愛好家からの多大な協力があるからだ。前述の活動記録の巻末には、1千万円以上の寄付者から、オークションに作品を提供したギャラリーまで、スポンサーの名前がずらりと並ぶ。
いったい、これらの人々が、どのようにして「未来の資料」という価値観を共有できたのか。今の日本では、国際展はもちろん美術館さえも現在の即時的な消費のことを「成果」と称しているというのに。
なお福岡アジア美術館にも、書籍・図録・雑誌等4万冊以上を所蔵する図書室があり、英語やアジア諸語での、日本では他に見られそうもない資料が多数含まれている。これら学術的価値の高い資料のデータを公開して、貸し出しは無理でもコピーサービスくらいできないかと学芸員がずいぶん図書館法や著作権法を調べたのだが、諸事情で断念したのであった。
「新美術新聞」2012年4月21日号(第1278号)3面より
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