空間を見るために
何度も足を運んでいるのに、じっくりと見たことのない建築はいくらもある。何度も見ているのに、実はまったく見ていなかったスペースも数多くある。
典型的なのは、美術館の内部空間で、展示作品のみならず仮設壁などもあり建築としては見ていない。もっともホワイトキューブの無味乾燥な空間を見ても仕方ないとも言えるが。ただしNYではグッゲンハイムのように見る価値のある内部空間も少なくない。今夏の展観はジェームズ・タレル。視覚に挑戦するタレルの作品は、しかし建築を見るという意味では逆に見えない作品が多い。入館待ちの行列のできるほど大人気のロタンダのインスタレーションも建築殺しのスペクタクル展示。
タレルの裏番組に当たるのが、ホイットニー美術館のロバート・アーウィン。タレルと並んで、ライト・アンド・スペースと総称される作家の一人。南カリフォルニアで70年代から独特のミニマル表現をしたグループだ。展観のメインは「紗のベール、黒の矩形、自然光」と題された1977年のインスタレーション作品(6/27~9/1)。舞台に使われる白い半透明の紗の布を天井から大人の目の高さのあたりまで吊るしている。重しに使われている黒い金属バーが幅35メートルほどある展示室のスペースを直線で区切る。壁には、黒い金属棒と同じ高さに黒い線をぐるりと描きめぐらせて視線を誘導。照明は西側にある台形の窓から入る自然光のみ。夏の明るい日差しが薄暗い部屋を横切って、もう一つの視線の流れをつくる。その結果、グリッド様の天井、石敷きの床が特徴的なブルータリズムの空間が嫌でも見えてくる。一見スタティックな環境だが、観者がさらに能動的に空間を見ていく仕掛けでもあり、その点で秀逸なミニマル美学の体現となっている。2015年にホイットニーがダウンタウンに移転すると、この建物はメトロポリタン美術館に10年間貸与されるので、その間は設置できないサイトスペシフィックな作品だけに貴重な体験を提供してくれた。
日常生活では見えないスペースを見せてくれるアートとしては、8月の土曜日(3、10、17日)に3回続けて公開されるラファエル・ロザノ=ヘマーの「ボイス・トンネル」が面白かった。NY市がパークアベニューを歩行者天国にするイベントの目玉で、33丁目から40丁目まで地下にもぐる車線を使っている。ダウンタウン側から薄暗い半地下に入っていくと、アップタウン側からほぼ20秒のサイクルで帯状の光の列が点滅する(劇場用照明を300基使用)。トンネルの中央には特製インターフォンが設置されていて、そこで録音された歩行者のメッセージは、150基設置されたスピーカーを中央から両端へと、光の流れと同調しつつ移動していく。55人の人海戦術で5時間かけて設置、午前7時オープンで午後1時まで。この後2時間で機材を回収するという離れ業の時間限定のアートは、音質が向上すればなお素晴らしかっただろう。
(富井玲子)
「新美術新聞」2013年9月1日号(第1321号)3面より