シンガポールにて
青木保(国立新美術館館長)
いま国立新美術館では、「アメリカン・ポップ・アート展」を開催している(編集部注・紙面掲載時)。この展覧会はジョン・パワーズ、キミコ・パワーズご夫妻のコレクションの中から約200点の作品を公開するもので、アメリカン・ポップ・アートの展覧会としてはかつてない総合的な作品展となっている。この展覧会を見ると「アメリカン・ポップ・アート」と呼ばれる20世紀芸術の一大分野がよく分かる。
実は昨年6月にシンガポールを訪れたとき、新しくできたシンガポール・アートサイエンス・ミュージアムで「アンディ・ウォーホル展」が開催されていたのである。これには驚いた。アメリカン・ポップ・アートの中心人物の個展なのだ。シンガポールはこれまでこの種の展覧会をあまり歓迎はしなかったことは事実であり、またそれにふさわしい美術館もなかった。それが高層の屋上に船形のプールがあることで評判になったホテルの近くの巨大なショッピングモールに隣接してアートサイエンス・ミュージアムが作られ、サイエンス的な展示もあるが、現代美術の意欲的な展示も行えるようになった。
ウォーホル展は開館二年目に入っていよいよ本格的な活動を展開するために行ったということである。ウォーホルの生涯をたどるように初期から晩年にいたるまでの主要な作品と活動を分かりやすく示す立派な展覧会だと思った。1956年にウォーホルは初めて世界旅行に出かけ、途中、日本とタイによった。そのとき皇居の二重橋の前で旅の仲間と一緒に撮られた珍しい写真が展示されていた。50年後に彼を讃える展覧会が東南アジアの一角で開かれるとは思いもしなかったであろうとカタログの文章にあった。
いまや国際文化交流に力を入れ始めたシンガポールの意欲がしっかりと伝わってくるような展覧会である。それにシンガポール美術館では東南アジアの現代アート展も開かれていた。21世紀の東アジアでは政治経済の国際環境が一変したことは事実であるが、実は国際文化環境も大きく変わってきているのだ。「文化の時代」が始まったのである。何としてでもこの「文化の時代」を発展させなければならないと思う。それがこの地域の平和と相互理解の基礎になる。
シンガポールに行き始めて50年近くが経つが、文化面での関心から訪れたことはまずない。これからはエスプラネードでの音楽プログラムも含めて美術面でもシンガポールの動向は見逃せなくなる。面白い時代になってきた。
「新美術新聞」2013年9月21日号(第1323号)9面より