書と人形(ひとがた)で息づく日本の昔話
古色を帯びた麻布の人形(ひとがた)。愛らしくも、どこか蠱惑的である。表面には、端正な文字でびっしりと日本の昔話が綴られている。「鯉女房」(=下写真)は、宮城県に伝わる異類婚姻譚が題材。人間に化けた鯉の娘が、鍋に尻を入れて汁を作る姿を人に見られてしまうという結末シーンを表す。「膨大な量の昔話の中から、特に内容に惹かれ、かたちが思い浮かんだ話を作品にしている」と、平良美樹は話す。
平良は小学校1年生のとき、習い事として書道を始めた。その後東京学芸大学へ進学し、書道を専攻。当時は団体にも所属し、公募展に入選、受賞を重ねていた。一方で、強く惹かれたのは井上有一、篠田桃紅、比田井南谷。次々と作風を展開させた彼らの生き方にも共感した。大学2、3年生の頃には、自身の表現のフィールドを美術に模索するようになっていた。
「筆を使って文字を書く行為に、書の楽しみがある」という平良。その思いもあってのことか、一時は抽象的なドローイングに熱中するも、文字を丹念に書く現在のスタイルに帰着する。日本の昔話との出会いは、古書店で偶然見つけた柳田国男の本。その後図書館で体系的な調査を始め、徹底的にのめり込んだ。
人形に顔がないのは、昔話特有の匿名性を演出するため。立体で表現する理由については「平面では表せない複雑なかたちに挑戦したかった。手足の動きに微妙なニュアンスをつけ、昔話のエッセンスを観る人に伝えられるようにしたい」。麦茶で麻布を染めて風合いを出し、話に登場する小道具の形状を綿密に調べ、さまざまな素材を使って具現化する。たしかな考証と工夫が、平良の作品の物語性を高める。
書を美術の領域で表現する―その道程は常に試行錯誤の連続だ。だが平良の作品には一貫して、表現手法を独自に開拓していく探究心と、等身大の創作の悦びが映し出されている。次の展開も楽しみである。(文中敬称略)
(取材/松﨑裕子)
平良美樹さんプロフィール:
1984年東京都生まれ。1987~90年タイ在住。帰国後、書道を習い始める。2006年東京学芸大学教育学部芸術文化課程書道専攻卒業。2006年個展(現代HEIGHTS Gallery Den、東京)、「GEISAI#10」出展。2010年「ミクロサロン60」(東京画廊+BTAP、東京)。2012年個展「イキモノ譚」(東京画廊+BTAP、東京)、「アートフェア東京2012」出展。個展・グループ展ほか多数。
【関連リンク】 東京画廊+BTAP
「新美術新聞」2012年5月1・11日合併号(第1279号)9面より