個人スペースの試み
最近のニューヨークの画廊街は、マンハッタンだけでも、チェルシーの他にアッパーイーストサイドやロワーイーストサイドに画廊が拡散。またソーホーの再活性化も指摘されていて、多様な活況を示している。
とはいえ、美術学校を卒業したての若い作家にとっては、画廊の隆盛はむしろ他人事。生活費を稼ぎながらのアーティスト稼業は生半可な現実ではない。そんな作家たちを支援するために、たとえば自宅を開放して展覧会を企画しよう、という考え方も出てくる。もちろん、在宅画商にはじまり、自宅をアートスペースとする先例は少なくない。
今回紹介するIf and Wenなるスペースは、蔡文悠(サイ・ウェンユウ)の居住空間。もともとは父で現代作家の蔡國強の自宅だった。NYに自宅があり、しかも幼少時から国際美術界になじんできた、という二重に恵まれた環境を生かしての試みという点で、ささやかながら興味深いスペースである。
蔡文悠は、名門のロードアイランド・スクール・オブ・デザインで彫刻を学び、2012年に卒業した。学友には、卒業後NYに出てきたCJ・ヒル、ミッジ・ワトルズ、ST・ルックがいる。それぞれ彫刻、写真、建築の専攻。蔡文悠が自宅で開いているサロン的集いに参加する面々で、今回のオープニング企画「At This Point」展に出品している。
鰻の寝床のように細長いスペースを貪欲に生かしての展示。それぞれの作品は小品だが、凹凸のある壁面や道路に面した窓、壁一杯に作り付けた書棚、また壁架けのテレビやトイレの中、はてはソファーの傍らの金魚鉢までもが作品となるサイトスペシフィックな構想で、写真、平面、立体を組み合わせた協働作品も多い。
作品のインスピレーションの一つは先住者。蔡國強が作品に使っていた風水のための石製獅子像が一体残されていて、そこから発想した黒い床置きのオブジェや壁のドローイングはヒルの作品。一方、蔡國強の火薬画に不可欠な点火用のマッチから出発して、ルックは赤い頭のマッチ棒のドローイングを大量に作って書棚にぎっしりと並べる。
ワトルズは、サロンに招かれて慣れ親しんだ空間に窓から差し込む光によって時間を考える。窓際に台形に投射された映像、手札大プリントした写真を黒い台紙に貼りこんだ作品は、光のうつろいが巧みだ。
今回、一つ収穫だったのは、展評に必要なのでキュレーター役の蔡文悠が自ら撮影した展示写真を見せてもらえたこと。父親の作品では常連の写真記録係だから美術館級の写真を提供可能、と豪語する「悠ちゃん」に、私は思わず微笑んでしまったが、送られてきたものは実に作品になっている。特に、床置きの構成のかもしだす光と影を見せる一点など、空間を知りつくした作家の目が光り、ワトルズの写真と呼応する感覚がある。
150人が来場したという二晩だけの展覧会だが、人工光だけではなく自然光でも見ておきたい展覧会だった、と今さらのように思う。
(富井玲子)
「新美術新聞」2014年5月1・11日合併号(第1343号)3面より