―札幌国際芸術祭まであと1ヵ月ですが、展示プランをお聞かせ下さい。
毛利 東京都現代美術館のブルームバーグパヴィリオンで展示した《サーカス》を札幌バージョンにして2会場で展示します。四方幸子さんがキュレーションするセンシング・ストリームズの会場「チ・カ・ホ」(札幌駅前通地下歩行空間)は、下見に行ったところ、多くの歩行者が通る商店街みたいな、難しい場所であることがわかって。そこだけで作品を提示するとなると可能な仕事がものすごく限られてしまうように感じたんです。
そんな折、札幌市内を散歩していたら、清華亭(※5)という場所にたまたま出会ったんです。調べていくと清華亭は偕楽園という、札幌で最初に造られた公園の中に建てられたのですが、偕楽園では鮭の孵化実験や地質調査なども行われるような、近代化当時の最先端テクノロジーの実験場でもあったらしくて。そういう意味では、札幌国際芸術祭のテーマに沿うような場所でもあったわけです。しかも、面白いことに気づいたんですよ。札幌は人工的に作られた都市で、東西南北が碁盤の目のように整然と区画されていますが、この清華亭だけは目の前を通る斜めの道に沿って建てられているんですね。で、これは古地図を見たうえでの憶測なんですが、清華亭の前にはかつて川(メム)が流れていたので、それに沿ったかたちでアプローチしているのではないか、と。つまり、太古から残っている地形に合わせて、人工的なものが曲げられて作られたと想像しているんです。一方、「チ・カ・ホ」は3年前にできたばかりで、こちらは開拓の象徴である碁盤の目に沿ったかたちで造られています。
それで、ここでも「近代化=人工」と「太古=自然」との結びつきを考えられるのではないか、と。今のところ、2会場でほぼ同じ条件のインスタレーションを展開しつつ、「かつての水の流れ」や「方角」といった細かい要素を作品の一部として取り入れることで、観ていただく人々にその対比がわかるような仕組みをイメージしています。
―2会場がシステム的に連動するというわけではなく、それぞれ別個の作品として展示する?
毛利 センサーを使って2会場を連動させたり、人の流れの統計を使ってインタラクティブに作動したりという作品には、今はあまり興味がないんです。せっかく北海道で展示するのだし、ということでアイヌの辞書を読んでいたら、「センシングする(=感じる)」という言葉は「音」を表す言葉と通じていることがわかって。「感じる=フマシ(hum-as)」 で 「音=フム(hum)」なんだそうです。そして、音が響くことは「カリカリ(karikari)」と言うようなのですが、「カリ(kari)」1つでは、円を意味するんです。いくつもの波紋が水面で共鳴するように、響きが拡がっていくイメージが感じられますよね。
たまたまですが、私の作品に《サーカス》3部作というのがあって。それはサークルズ(Circles 円)/サーキッツ(Circuits 回路)/サーカス(Circus) という、丸い円からどんどん発展していく作品だったのですが、この作品と、いくつもの円(カリ)が響きあうこと(カリカリ)、そうやって音(フム)をセンシングすること(フマシ)とが、一つに繋がった気がしました。つまり、「センシング・ストリーム」は、わざわざ最新のセンサーを使うまでもなく、人間に生来(ネイチャー!)備わっている、ということをアイヌ語辞典から教わったんです。私が今回、テクノロジーを使って際立たせるべきはこのポイントではないか、と。2会場の響き合いは、観客それぞれがツアーで往還していただくことで、肌で感じられるものにしたいな、というアプローチです。
それに、単純な話として、作品を通して、対立した2つの場所自体の理解をうながすことは、私にもできることがあるかもしれないな、と。札幌駅を挟んで、一方は都会、一方は開拓の名残を感じる“村”のようなそれぞれの場所…札幌だったら両方外せないくらい、どちらも魅力的なんですよ。
―まさに芸術祭のテーマである「都市と自然」ということですね。
毛利 考えてみると、どこまでが自然でどこまでが人工かって堂々めぐりな話でもあって。偕楽園だって自然が豊かに見えるけれども実は人工的研究施設だったし、チ・カ・ホは完全に人工的な空間だけども水脈みたいに人の群れが流れていく風景は自然とも言えるんじゃないか、とか…。どこが境界線なのかは非常に面白いポイントではありますよね。坂本龍一さんは「都市と自然」をテーマに掲げていますが、私もずっと「どこまでが自然でどこまでが人工か」ということをコンセプトに活動してきたので、札幌はそういう意味でも、ベストの場所です。
―今年はF/T(フェスティバルトーキョー)にも参加されますが、こちらはどのようなことをされるのでしょうか?
毛利 「春の祭典」の舞台美術を制作します。演出はモモンガ・コンプレックスの白神ももこさんです。「春の祭典」はシャンゼリゼ劇場の杮落とし公演として1913年に初演され、毀誉褒貶のセンセーションを引き起こした問題作だと言われていますね。「春の祭典」で踊られるのは異民族のダンスとされていますが、バレエ・リュス(ロシアバレエ団)を率いていたディアギレフの思惑のひとつは、ヨーロッパ化して洗練した帝政ロシアの文化が隠していた「土着のロシア文化」を、きらびやかな文化の都パリに投げ込むことにあったわけです。
じゃあ、なぜ今、この演目を日本人がやるのか。現代という時代背景を考えてみたとき、東日本大震災のことが自然と頭に浮かびました。これまで白神さんも私も、東日本大震災を直接テーマにした作品を制作したことはなかったのですが、では一度ちゃんとリサーチしようということで、被災地に足を運んだりもしました。
個人的には、さらに「都市鉱山」(※6)というテーマを取り入れたいんです。震災後、生活が一変してしまった感は否めないし、絶望的な気持ちになっていたのですが、そんな時にたまたま「都市鉱山」の話を知って、珍しく希望が持てた。それでなんとなく東京のゴミを見に行ったら、夢の島がものすごい施設になっていて。なんというか、まるで豊かな大地に見えた(笑) 燃えかすを歩道用ブロックに再利用して出荷したり、燃えないごみから年間6億円分くらいのメタルが取れたりするのですが、これはもはや欠かせないインフラだな、と感じました。いったんは自らの役割を果たしたゴミたちがもう一度資源になっていく――そういえばこれ、私も同じようなことを考えてたなーって。やがてそれは《アーバン・マイニング》という作品にも繋がっていくのですが。
ただ、一筋縄にいかないのが原発問題です。放射性物質を多量に含んだ汚泥の行き先もやはり清掃工場だから、東京で最も汚染濃度が高い場所になってしまった。以前は小学校の社会科見学でよく使われていたけれど、原発事故以降は保護者から反対の声もあって見学者が激減しているんだそうです。そういう現状もありつつ、夢の島は2020年東京オリンピックの会場予定地でもある。つまり、人が寄りつかなくなったところにまた人が集まるという…恐ろしくもあるけどそれが現実だし、そういうことを作品として表現できないかな、と。
時間も限られているので、できる範囲でではありますが、そういった「土着的要素」を今回の「春の祭典」に盛り込みたいですね。まだ詳細は言えませんが、私たちの中ではかなり具体的なイメージになってきています。
―とても壮大なテーマになりそうですね。
毛利 たしかになんか今、大変そうなこと言いましたよね、私(笑) でも、せっかくの舞台だから表層的なことをやっても仕方ないし、ヨーロッパやロシアの文脈とも違うことを意識したい。「春の祭典」がどういうものだったのかを歴史的背景から汲み取ったうえで何ができるのかを丁寧に考えたいですし、そこを初期の段階から白神さんと取材し、確認できたのはよかったです。
―今後立て続けにプロジェクトがありますが、来年からはAsian Cultural Council(※7)の助成でアメリカに滞在予定が決定しましたね。発表では現地で現代美術と現代音楽の調査とありましたが、これについては?
毛利 3月からニューヨークに行く予定です。私が作品を作りだしたのは大学3年生からなのですが、当時、2001年に同時多発テロがあった影響でアメリカ行きの航空券がとても安くなっていたので、特に何も考えずに渡米したんです。で、知らなかったオルタナティヴ・スペースやギャラリー展示の可能性みたいなものに衝撃を受けた。美術の存在が身近に感じられたんです。それで、帰国してから素直に作品を作り出しました(笑)
―素直に(笑)
毛利 「私もできるかもしれない!」みたいな、ある種の誤解をたずさえて帰ってきた(笑) 中高生の頃、美術の教科書でリキテンスタインやナム・ジュン・パイクを見て、「私にも何かできそうな気がする!」という根拠なき親近感を持っていたのですが、それをまたニューヨークで感じられました。普通は逆かもしれませんけど(笑) そういう体験がまたあるといいなって思っています。
―本日はありがとうございました。
(※5)清華亭…明治天皇の北海道行幸の際に休憩所として建築された和洋折衷の建物。現在は札幌市の有形文化財として登録されている。
(※6)都市鉱山…都市でゴミとして大量に廃棄される家電製品などの中に存在する有用な資源(レアメタルなど)を鉱山に見立てた概念。1980年代に南條道夫(当時東北大学選鉱製錬研究所教授)らが提唱したのが最初。
(※7)Asian Cultural Council…ロックフェラー3世が創設したアジア文化交流プログラムをもとに、1980年ロックフェラー夫人がによって設立された非営利財団(本部=ニューヨーク)。ビジュアルアートおよびパフォーマンスアートの領域で、アメリカとアジア、またはアジア諸国間における文化交流を支援しており、日本人の過去のグランティには武満徹、横尾忠則、川俣正、村上隆、蔡國強、田中功起、小谷元彦、八木良太などがいる。
■毛利悠子 Yuko Mohri
1980年神奈川県生まれ/東京都在住。多摩美術大学美術学部情報デザイン学科卒(2004年)、東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒(06年)、東京藝術大学大学院映像研究科研究員(06~08年)。主なグループ展に「トランスメディアーレ」(ベルリン世界文化館/ベルリン、14年)、「Media/Art Kitchen 」(インドネシア国立美術館/ジャカルタ、13年)、「アートと音楽」(東京都現代美術館/東京、12年)、「オルタネイティング・カレンツ」(パース現代美術館/パース、11年)など。主な個展に「ソバージュ──都市のなかの野生」(On Going/東京、13年)、「おろち」(waitingroom/東京、13年)、「サーカス」(東京都現代美術館ブルームバーグ・パヴィリオン/東京、12年)など。
【関連リンク】 毛利悠子オフィシャルサイト
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