色彩人間、キルヒナー
5月下旬、戦後美術を世界規模で考えるコンフェレンスがハウス・デア・クンストで開催され、発表するために久しぶりにミュンヘンを訪れた(http://goo.gl/EZwQJR)。「大西洋と太平洋の間の美術」というのがタイトルの直訳だから、つまりは〈世界の美術〉。あと2回国際会議を開催して調査の一助とし、グローバルな戦後美術展を2016年に開催するという。さすがに館長のオクイ・エンベゾーは考えることが大きい。
同館のエレン・ギャラガー展は近作が秀逸だったが(7/13まで)、ドイツに来てまでアメリカ人作家を報告しても面白くない。ピナコテーク・デア・モデルネで「色彩人間」と題したキルヒナー展があったので、会議を抜け出して見てきた。ドイツ表現主義を代表する画家といえば感情にまかせて筆を運ぶ。そんな〈野生〉のイメージが強いが、作品調査をもとに制作のプロセスを解明した展観だというので食指が動いた(8/31まで)。
同館は、キルヒナー作品を19点所蔵し、ドイツ国内では最大のコレクション。画家が1917年以降永住したスイスのダボスにあるキルヒナー美術館などとの協力で実施したプロジェクトは、赤外線などを使う科学調査に始まり、作家自らが撮影したアトリエの写真から、始終手を動かして素描していた作家が残した多数スケッチブック、さらには書簡などの個人文書まで調べた包括的なものだ。何よりキルヒナーが試行錯誤を重ねながら作品を仕上げていく過程が解明されたのは興味深い。ときには素描から木版画を経由してようやくカンバスで構図が決まることもある。
赤外線やX線をかけて下描きや描きつぶしを見るのは科学調査の常道ではある。だが、その結果をどう展示するか、というのは厄介な問題だ。本展では、作品との比較がしやすいように出来るだけ原寸大の調査写真を用いながら、それを床置きのライトボックスで見せていた。スケッチブックの頁を多数見せるにも、この手法を用いており、実物と調査資料との物質性の違いに配慮して差異化をはかった工夫には学ぶところが多い。
また、1910年代から絵具の技術革新がはじまり色の種類が豊富に出回るようになるが、「色彩人間」を自称する画家だけに、色彩理論の研究のみならず新顔料の利用にも熱心で、ベンジンや蝋を混ぜた薄塗りの技法を開発したり、伝統技法よりも軽い画面を作ることに腐心していたようだ。
多作なキルヒナーは、カンバスの裏も表も使って制作していた。同館所蔵の19点のうち、6点は裏表だ。途中で制作放棄したものもあるが、《ドドの肖像》と《街路の仮面》のように両面とも完成した例もある。通常、先行作品が裏返されて、後描きのほうが表に出て、こちらが〈最終作品〉となる。しかし興味深いことに、同館では通常、1909年作で裏面に当たる肖像画のほうを展観している、という。実際、見比べてみると肖像画のほうが色彩も強烈でキルヒナーらしいと思った。
(富井玲子)
「新美術新聞」2014年7月1日号(第1348号)3面より