[通信アジア] バンコクの『美術と建築展』:青木保

2014年07月02日 15:31 カテゴリ:コラム

 

バンコクの『美術と建築展』

青木保(国立新美術館館長)

 

5月の連休を利用してタイとミャンマーへ行ってきた。

 

国立新美術館で行う予定の展覧会を、できれば巡回展としてアジアやヨーロッパ、アメリカなどへ持っていきたいとは美術館へきたときからの念願なのだが、その実現へ向けての提案と調査のための出張である。バンコクとヤンゴンへの1週間の旅だったが、両都市での美術館や博物館での話し合いは歓迎ムードの中こちらの企画に対し大きな関心を示してもらい、ぜひ実現したいとのことであった。しかし、企画の実現には大変な準備と労力がかかる。文化庁が伝統工芸展など文化財を海外へ持っていって展覧会をすることは偶にあるが、美術館が企画して大規模な展覧会を海外で行ったということは聞いたことがない。こちらの知らないところで実際には行われたことがあるのかもしれないが、それなら情報不備をお詫びしたいが、少なくとも国立美術館では例がない。

 

いつも西洋やアメリカなどの美術館の作った企画を日本の新聞社や放送局が仲介して開く共催展の慣行に惰眠を貪ってきたのが現状である。日本の新聞社や放送局が欧・米などの美術館・博物館と結んできた密接な関係自体はすばらしくまた得がたいものであるし、その成果には日本の美術関係者も愛好家も感謝しなければならないと思う。それに反して日本の美術館の存在はほとんど認知されてはいないのが、私がこれまで欧・米の美術館を訪ねて話を聞いた限りでの事実である。

 

そこで現代日本の誇る文化を巡回展として海外へ持ってゆこうと企画しての話なのだが、それこそ各方面のご協力やご指導を仰いで慎重に進めていきたいと考えている。このことについてはこれからもこの連載で述べてゆくつもりであるが、今回バンコクで見た一つの展覧会について触れておきたい。

 

これは『アートとアーキテクチャー、フォスター+パートナーズ』と題された展覧会で,バンコクの中心部にある「BACC(バンコク・アート・アンド・カルチャー・センター)」で開催されていた(6月29日まで)。英国の世界的な建築家ノーマン・フォスターと彼のパートナーたちの創り出した建築作品の模型と写真で構成された展覧会だが、これが驚くほどすばらしい。それこそ新美術館で最も開催したい類の展覧会で、精緻でしかも壮麗な各種模型群と魅力的な大写真とによって建築の創り出す創造空間が未来を見据えて見事に示されている。この美術館は以前にも触れたことがあるように、市の中心部のビルの中にあるが(バンコク市立)、螺旋状の階段を上ってゆくと展示場が開ける仕組みで、ミニ・グッゲンハイムのような造り、利用しやすく見やすい。「持続する未来に向けていかにデザインするか」をテーマにフォスターは過去50年以上に亘って建築デザインの幅広い分野で製作してきた。空港、工場、議会ビル、オペラハウスにオフィスタワー、いずれも世界的な評判になり高い評価を得てきた。

 

「アートとアーキテクチャー、フォスター+パートナーズ」展(BACC、バンコク・アート・アンド・カルチャー・センター)会場風景

 

展示場は、「インフラストラクチャー」「カルチャー・アンド・シヴィック」「アーバン・デザイン」「ハイ・ライズ」の4部に別れ、それぞれに代表的な建築の模型と写真解説が配され、大変見やすく理解しやすい構図となっている。たとえば、ロンドンのミレニアム・ブリッジ、アメリカのスペース・ポート、北京国際空港その他が「インフラストラクチャー」の部で展示されていたが、模型のすばらしさはそれ自体が美術作品であるといっても決して言いすぎではない出来である。付随する写真も斬新な印象を与える。全体にわたりフォスターとパートナーたちが創造する世界が開示され、その未来感覚に満ちた雰囲気に見るものたちは包み込まれてしまう。

 

若い観客が多かったが、刺激され啓発され挑発されたことであろう。建築デザインの作業スタジオや創造制作の過程も提示され、さらにプログラムによれば講演会や子供のためのワークショップ、フォスターのパートナーの一員であるタイの建築家による建築ツアーも行われる。多彩なプログラムの内容で、これも参考になると思ったしだいである。これは巡回展でタイの後、マレーシアと中国で開催されるとのことである。

 

バンコクで思いがけずすばらしい建築展に出会った。やはり行ってみるものであり、東南アジアはいま文化の面でも注意万端怠ることを許されない地域となってきたことを再認識した。もちろん、この地域の建築家にも才能のある人たちがいる。旧友もいるが、一度改めて話を聞きたいものである。われらが新美術館発の巡回展もこれくらいのインパクトを発することができればと願う。もっともまったく別の分野ではあるのだが。

 

「新美術新聞」2014年5月21日号(第1344号)3面より

 


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