美術館に求められる新しい大きな役割
アジアの国や地域が21世紀に入って『文化の力』の重要性に目覚め、美術館の建設や美術文化振興に力を入れ始めたことは私も指摘してきたが、このグローバル時代に美術館に求められることは多く、美術館運営に携わる者にとって課題は実に大きい。
その一つは、美術館の国際社会で果たす役割の重要性である。2012年に3.11の被災地の人々を慰めその復興を支援するためにパリのルーヴル美術館が数十点の名品を持って岩手、宮城、福島の県立美術館を会場に展覧会を開催したことは記憶に新しいが、岩手県立美術館での開会式に出たところ、ルーヴルの館長はじめ駐日フランス大使なども出席され、こうした企画を立てられ、しかも迅速に実現される美術館の姿勢に感銘を受けた。ルーヴルだからできる、ということは簡単だが、いまだ被災の後も生々しいところでの美術展となると、それも名品をフランスから持ち込んでとなると、相当の覚悟がいることも事実である。
そのルーヴル美術館であるが、今度は中東湾岸諸国のアブダビに別館を作る。アブダビ政府とフランス美術館機構とが協定を結び、2015年12月の開館を目指して準備中である。建築設計はジャン・ヌーヴェル、大胆な流線型の建物だが、光と影、内省と静寂の結合する世界を創造する、と言っている。ルーヴル美術館ではアブダビ別館のオープニングに開催する展覧会「美術館の誕生」を開館の宣伝も兼ねて行っていた。展示はBC200年頃、中央アジアで造られたバクトリアの王女像に始まり、20世紀の現代美術に至るという美術作品の流れを辿る壮大なものであるが、現代美術として「具体」の白髪一雄の作品が展示されていた。国立新美術館での「具体」展の印象も鮮明で、うれしく思った。この展覧会はルーヴルのナポレオンホールで3月から7月まで行われていた。被災地での展覧会といい、アブダビへの進出といい、背後にある理由は多々あれ、美術館がフランスの世界におけるプレゼンスを高めるための大きな役割を担っていることを今更ながら感じさせられた。『外交』の一翼を美術館が担うという覚悟を持つ時代なのである。まさに『文化外交』である。
もう一つは、香港である。香港では現在「M+」という新しい文化特区の開発が進められている。これは九龍地区の香港島に面した海辺、オーシャンターミナルの西側に6万平方メートルの一大美術館を作り、その一帯を「西地区文化特区」として開発するというものである。「M+」とは「モア・ザン・ミュージアム」を意味するとのことで、完成すれば世界一の巨大な「ヴィジュアル・ミュージアム」になると意気込んでいたが、この全計画の指揮を執るのは女性のキュレイターである。
かねがね学芸員のするべき仕事は21世紀のグローバル化時代においては大変多様で重要な任務を含んでいると思ってきたが、展覧会だけでなく国の内外の情勢を睨んで美術館の社会的、公共的、国際的な役割というものに大きな関心を払って行う時代となった。美術館の運営には総務と学芸、それに運営管理者が一体となって行う必要がある。日本でも積極的な美術館の活用に今こそ取り組まなければならない。
(国立新美術館館長)
◇[通信アジア]バックナンバー(2014年)