富井玲子 [現在通信 From NEW YORK] : クールジャパンとしての巴水展

2014年12月21日 09:00 カテゴリ:コラム

 

クールジャパンとしての巴水展

 

「水と影―川瀬巴水と日本の風景版画展」会場風景(筆者撮影)

 

川瀬巴水は、浮世絵を近代という時代に復興した「新版画」の代表作家だが、海外のほうが評価は高いといっても過言ではない。

 

だから、世界でも有数の巴水コレクションがバージニア美術館で展観中と聞いても、それがどうした、という反応が大半かもしれない。

 

川瀬巴水《晴天の雪(宮島)》 1921年 バージニア美術館蔵(ルネ&キャロリン・バルサー・コレクション) Photo: Travis Fullerton © Virginia Museum of Fine Arts

だが、外人好みの大衆美術というなかれ。クールジャパン現象が喧伝されるはるか以前に海の向こうで〈クール〉だった浮世絵や新版画である。そこから何かクールジャパン戦略として学べることがあるのではないか。「水と影―川瀬巴水と日本の風景版画展」(11/15~3/29)の内覧会を見ながら、そんなことを考えた。

 

同館の巴水は、コレクターのルネ&キャロリン・バルサー夫妻が寄贈したもの。夫のルネはモントリオール出身、日本ではスーパーTVで放映した社会派犯罪ドラマ「Law&Order」のクリエーターだ。雪深い故郷の記憶と、雪景色の名手・巴水の作品が呼応して蒐集がはじまり、数点を除いて全版画を網羅するまでになった。自らも装飾美術や中国現代美術を蒐集する妻のキャロリンが理事をしているバージニア美術館に寄贈して、今回の回顧展となる。

 

本展では、海外における巴水研究の第一人者で、カタログレゾネを監修した美術史家のケンドル・ブラウンをゲスト・キュレーターに迎えて企画された。関東大震災前にフォーカスし、版画のみならず挿絵などの印刷文化にも目配りし、他の蒐集家の応援も仰いで100点余で構成する。

 

川瀬巴水《十和田湖》 1919年頃 二曲屏風、紙本彩色
ジョン・ウェバー蔵 Photo: John Bigelow Taylor

興味深いのは、導入部分で版画のプロセスを実物で見せていること。水彩の原画、試刷、最終作品、また色変りなど、いくつかのパターンを作っている。普通なら展示の半ばあたりで写真パネルなどを使って解説するのが常套手段だろうが、新版画はモチーフだけでなく技法の理解が鑑賞に直接につながる。その意味で、初心者である一般の観客に新版画の美学を理解してもらうために、通も堪能できる形で展示を工夫する。啓蒙とはいえ心憎い演出だ。

 

こういう観客層を熟知した解説戦略は、現代アートでも学べるだろう。

芸術性という点では、超レアものの日本画屏風が3点入り、展観の白眉となっている。特に1919年頃の《十和田湖》は洋画タッチの力作で、同じテーマの「旅みやげ 第一集」の《十和田湖千丈幕》にみられる木版特有のフラットな表現と好対照だ。こちらは二つ並んでいるわけではないので発見の喜びがあり、木版の小宇宙への想いをいざなう(解説に指摘があればより効果的だったかも―)。

 

一般の観客に新版画を身近に感じてもらうために、バルサー夫妻が、現代版画家の西澤美和子に《バージニア12景》をコミッションしたことも重要だ。西澤は14回にわたり州内をくまなく訪れ、地域密着型現代アートの心で新版画を翻案、自分で版を彫り紙に摺る創作版画の姿勢でバージニアの名所絵にとりくんだ。本人は「アウトサイダーの目」と謙遜するが、地元っ子からは「ホッパーのよう」「新鮮だ」と好評を得ていた。

 

ギャラリートークする西澤美和子。左に見えるのは新作《バージニア12景》より《モンテチェロ》 (筆者撮影)

 

(富井玲子)

 


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