2012年9月から翌年8月まで、約350日間の滞仏研修。初期ルネッサンスの画家パオロ・ウッチェロの研究者であるジェームス・ブロデ教授のもと、ルーブル美術館で模写の授業に参加。並行して『サン・ロマーノの戦い』の模写をアトリエで制作した。煮詰まればすぐに美術館へ赴き、1時間でも2時間でも作品を見つめ続けた。このような恵まれた環境に身を置くことができた事を滞仏の何よりの成果だと奥谷は話す。「良い作品を数多く見る事でわかってくるものがある。自分の作品を見る時にも、その基準が向上している」 。
今展は安宅賞、卒業・修了制作、独立展初入選、独立賞、会員推挙、昭和会賞と、ここ10年を回顧するような、重要な作品が網羅された展示構成。それら華々しい受賞を含めこれまでで最も印象に残っているエピソードを尋ねると、浪人時代、新宿美術学院へ通う毎朝の電車内で通勤するサラリーマンを観察していてとても新鮮だったと驚きの返答。多感な時期にたっぷり持てた社会を観察する時間が、現在作品を制作するうえでも礎となっているというのだ。藝大入学後も「よくみること」を信条に粛々とデッサンに明け暮れた。それら地道な努力の積み重ねの上に今日があるのだろう。この話を聞いて、奥谷の敬愛する英国作家ルシアン・フロイドの祖父、精神分析学者ジークムント・フロイトの「われわれは外見上の成功にあざむかれて、自分を見失ってはならぬ」という言葉が思い出された。
現状に満足することなく「常に変わり続けていきたい」と奥谷は言う。若手作家の公募展離れが深刻化する昨今、歴史ある独立美術協会の最年少会員が魅せる今展が、同世代の表現者にどのように響くのか楽しみだ。
[プロフィール]奥谷太一(おくたに・たいち)
1980年神奈川県生まれ。2004年国際瀧冨士美術賞二十五周年記念グランプリ瀧久雄賞受賞。07年東京藝術大学大学院美術研究科修士課程絵画専攻(油画)修了。09年第77回独立展 独立賞受賞。10年第78回独立展会員推挙。12年第47回昭和会展昭和会賞。現在、独立美術協会会員、日本美術家連盟会員。