昨年11月に国立新美術館として初めての研究紀要「NACT Review」(国立新美術館研究紀要)創刊第一号を出すことができた。3年前、美術館に来てからその活動の一つの顔でもある紀要を出す必要性を説いてきたが、ようやく実現することができた。全260頁B5版で論文(査読付)7本、評論文4本、資料1本、エッセイ34本それに彙報3本を掲載することが出来た。幸い装丁や造本も含め好評なのはありがたい。この研究紀要、狭い意味での美術研究だけでなく広く美術と美術館に関係する議論を展開し、さらに現代文化の創造に寄与するようなテーマを取り上げるなど美術館からの文化発信を行う美術・文化誌として発展できればと考えている。
美術館を巡る状況はとても厳しい。先に3法人の統合という問題があった。これはどうにか避けることが出来たが、今後も予算削減の方向は弱いところ、とくに文化関係に向かう傾向があるのは注意すべきである。ただでも日本の文化施設は弱体である。3法人の統合問題に関しては、これに直接携わった経験のある小松弥生氏(独立行政法人国立美術館理事)が問題の所在を明らかにした優れた論考「国立美術館政策の行政改革への対応過程の検証と今後のあり方に関する一考察」をこの研究紀要に寄稿しているのでぜひ一読をお願いしたい。
美術館は国の内外の政治経済社会の動向をきちんと認識した上で今後の発展の道筋を付けていかなければならない。公共性をどのように示すことが出来るのか、また日本の美術館の国際発信性は皆無に等しい。いまアジアの国や地域が美術館の存在意義に目覚め、その建設と活動をダイナミックに展開しようとし始めたこの時期に日本の美術館はどのように対応することが出来るのか。
この6月下旬から国立新美術館では「ニッポンのマンガ・アニメ・ゲーム」展覧会を開催する予定であるが、この展覧会(当館の自主企画)は兵庫県立美術館に巡回し、その後、国際巡回展として東南アジア、ヨーロッパ、アメリカで開催する計画である。この海外巡回展も日本の国立美術館としては初めてのことなので(他の日本美術館でもこれだけの地域にわたる自主企画展の国際巡回展はなかったと思う)、すべてが手探り状態で行わねばならないのだが、この展覧会への国際的な期待はものすごく大きいので、それが励みになる。
日本の誇る文化の発信であるが、これをきちんとしてこなかった悪い結果がいま出現している。たとえば、1月下旬に訪れたミャンマーでも日本のこの分野への関心は高いのに、市内のショップで売られているアニメなどのキャラクターグッズは中国製で日本が生み出したのではなく中国が創り出したものとの誤解を招くような状況がみられる。それを見つけた当館の学芸員が、これではだめだと心配していた。きちんと日本の文化であることを展覧会(ヤンゴンの国立美術館を予定している)によって示すことがこうした面でも不可欠の重要性を持つのである。昨年に引き続きこの1月のミャンマー訪問では2016年1月の開催に向けてかなり具体的に話し合うことが出来た。とくに日本大使館で樋口健史大使にお会いすることが出来たが、昨年と同じくこの展覧会が日本文化のみならず日本の地位向上にも役立たせなければならないと、たんに展覧会にとどまらず広く日本への関心を喚起するようなイベントにしたらどうかと述べられた。
このような方が大使として存在されることに感激するとともに、この展覧会の開催意義の大きさをあらためて感じたのである。東京での展覧会も含めて実現にはまだまだ越えなくてはならない大きな山があるが、何とか越えていくしかない。皆様のご支援を乞いたい。
さて、国立新美術館の紀要であるが、いま鋭意次号の編集に取り掛かっており、第2号はもっと大部で充実した紀要にしたいと思っている。通常、創刊号は張り切るが、2号目になるとしぼんでしまうと言われることも多いので。
(国立新美術館館長)
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