村上 哲(熊本県立美術館学芸課長):熊本地震と美術館

2016年06月06日 11:02 カテゴリ:エッセイ

 

暗闇のなか、ドンと突き上げられるような衝撃に続いて、激しい横揺れが襲った直下型地震の恐怖。震度七にもおよぶ連夜の激震に見舞われた今回の熊本地震は、我々の想定をはるかに超えたものであった。本震と思っていたものが前震と訂正されるなど、専門家ですら欺かれた二度にわたる惨禍は、わが国の美術館にとっても未曽有の事態となった。

 

余震に備えて作品を展示室の床に平置きにして安全を確保した(熊本県立美術館本館・1F展示室)

余震に備えて作品を展示室の床に平置きにして安全を確保した(熊本県立美術館本館・1F展示室)

この春、開館40周年を迎えた熊本県立美術館は、地震発生時、「大熊本県立美術館展」と銘打った大規模な展覧会を開催中であった。細川コレクションの国宝や重要文化財のほか、ルノワールや藤田嗣治など当館の誇る名品の数々を全ての展示室に総出演させていた。

 

1回目の前震直後に駆けつけた館員たちは、展示中の国宝や重要文化財の安全を確保するとともに、作品を床に平置きにするなど余震に備えた措置を講じた。ロビーの彫刻などは転倒したが、建物自体には大きな被害はなく、展示中の絵画も落下しなかった。熊本城を望む国定史跡内のため、建屋の高さを抑えて地中深くに掘り込んだ施工法が幸いしたのだろう。建築家・前川國男の設計による当館の、建物としての強靭さが証明される結果となった。

 

しかし翌日の夜半過ぎに襲った2回目の本震で、収蔵庫に保管していた作品にかなりの被害が出た。縦揺れの衝撃で屏風の収納棚が破壊されたのち、激しい横揺れで多くの屏風が雪崩を起こし相次いで倒れたのである。展示室よりも収蔵庫の被害が大きかったことは、作品の保管法のみならず設備面の課題を浮き彫りにした。

 

活断層の真上に住みながらも、熊本には大きな地震は来ないという、何の根拠もない思い込みが我々にあったことは否めない。しかし歴史を振り返れば、熊本城築城後の17世紀前半には似通った大地震が起きているという。過去の震災の記録に学ぶことで、我々は復興へのヒントを得ることができるのかもしれない。

 

震災後の1カ月あまりは休館を余儀なくされたが、再開館の準備の傍らで文化財レスキューにも携わり、被災した寺院や学校などから仏像や美術品を救出して美術館に緊急避難させた。5月28日に復活した当館はコレクション展を皮切りに、夏から秋にかけて開館40周年事業を展開する一方、損なわれた美術品の修復にも取り組んでいく。この震災を教訓としつつ、美術館が日常の安らぎを取り戻すことで、苦難の非日常に曝された心が穏やかな日々へと回帰する場所になればと願うものである。

(熊本県立美術館学芸課長)

 

【名称】第Ⅰ期〈特集〉池辺寺の歴史と名宝(美術館コレクション)/第Ⅰ期〈特集〉大名と遊び(細川コレクション展)

【会期】2016年5月28日(土)~2016年7月3日(日)

【会場】熊本県立美術館(熊本市中央区二の丸2)

【TEL】096-352-2111

【休館】月曜 ただし、月曜日が祝日の場合は開館し、翌日休館

【開館】9:30~17:15(入館は16:45まで)

【料金】一般420円 大学生250円

【関連リンク】熊本県立美術館

 

 


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