―いのちが、あふれる―
生命の発生の流れに沿うように、進化の過程を追うように、テーマとする「生命」のかたちが自然に変わってきたという。卵子に群がる精子や微細な体内細胞は次第に生物のフォルムをそなえ、今日のヒトやウサギなどのモチーフへと繋がった。それとともに色彩は鮮やかさと奥行きを増し、大画面の隅々まで命が躍動するその世界は、賑々しい祝祭のようである。
武蔵野美術大学、同大学院で、高校時代から憧れの画家だった遠藤彰子に学んだ。大画面に惹かれ、1年生のときから100号のキャンバスに取り組んだ若き画家に、長年にわたって500号を超える大作に取り組み続ける遠藤の存在は大きな影響を与えたことだろう。優れた画家である師は、厳しくも熱意のある教育者であった。構図や動きのつくり方など実践的な指導から、折に触れて語ってくれた「女性が画家としてどう生きていくか」まで、すべてが糧になっているという。
大学院で自らを構成する肌や細胞に目を向け、生命をテーマとした作品を制作し始めた。胎内をイメージした球体作品に始まり、それが平面へと展開していく。個展やグループ展、コンクールなどでも注目を集めたが、大学院修了後に一転、スランプに陥ってしまった。「何が描きたかったのか、描いているものが本当に作品になっているのか、全く分からなくなってしまいました」。暗中模索。少しずつ、じりじりと、自身と向き合う日々が続いた。
それから3年。ようやく手応えを得たのが、9月のGallery Suchiでの個展「じゅんかん」だった。同展では新作のペインティングに加えて、巨大な壁面ドローイングにも挑戦。巨大な人物の顔を挟んで広がる原初的な海生生物の楽園を瑞々しく彩り豊かに描き出して好評を得た。「大学院を出て初めてというくらい、冷静に考えながら制作できました。これでやっとスタートラインに立てたという気持ちです」。
武蔵野美の先生たちも、展覧会を見てくれた。「やっと桂らしい絵になった」と言ってくれた。遠藤も足を運んでくれたそうだが、会えなかった。師は今の作品をどう評価するだろう。「少し恐いです」と苦笑する。「でも、早く先生にお会いしてお話しを伺いたいです」。
(取材・文:和田圭介)
桂 典子(Noriko Katsura)
1988年山口県生まれ。中学、高校の美術教諭が武蔵野美術大学出身だったこともあり同大学に進学。遠藤彰子らの指導を受け、2011年に同大学油絵科油絵専攻卒業、2013年同大学院修士課程造形研究科美術専攻油絵コース修了。学生時代より個展やグループ展などで発表を重ね、現在は絵画教室の講師をしながら制作を続ける。今後は、2017年2月にあらかわ画廊(東京・京橋)で個展を開催。Gallery Suchi(東京・日本橋)、コートギャラリー国立(東京・国立)でも個展を予定している。
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