森美術館では「宇宙と芸術展」が開催中だ。
この企画は、私個人としても長年暖め、できたものだ。宇宙は奥の深い広がりを持っているが一方で、多数の関連した美術作品をどのくらい集められるだろうかという危惧もあった。しかし、様々な紆余曲折の結果、展覧会は実現した。
さてこの展覧会は科学の展示展ではない。文化、芸術の視点から見た世界観の歴史的な俯瞰図なのだ。そこで、この展覧会には、過去と現在、東洋と西洋、アートと科学が分離されずに渾然一体となって展示されている。
古代の人々は、夜中の黒い空を見て、そこに手が届くほどはっきりと月や星が見えているときに、それは、なんであると思ったのだろうか。目に見えるシュールレアルな夜空と、身の回りを囲む日常の現実は繋がっていて分離できない。世界と宇宙はほとんど同義だ。そこで、展覧会はまず、多数の曼荼羅から始まっている。これは東洋の作り出した一つの世界観だからだ。そして、世界最古のSF小説である竹取物語絵巻、またダ・ヴィンチやガリレオの月や太陽に関する手稿、それにコペルニクスやケプラーの貴重な初版本も展示した。エピソードとしては、江戸時代に突然茨城の海岸に円盤形の舟が漂着したという、虚ろ舟の伝承も取り込んでいる。
しかし森美術館は、現代美術館だから、現代美術のスペクタクルも十分に用意してある。ビョーン・ダーレムやコンラッド・ショウクロスのインスタレーションは、多くの人が、息をのむ。また深く沈潜するようなピエール・ユイグのヴィデオ、パトリシア・ピッチニーニの不可解な生物、荒俣宏氏からお借りした貴重なSF雑誌に描かれた宇宙人たち、さらに現在の宇宙開発の現況と未来に何が起こるのかについての示唆も展示に含めた。宇宙観光旅行の時代はもうそこまできている。今は民間の人々が気軽に人間が宇宙に出て行く時代なのだ。
そこで10月の半ばに開催されるICF(イノベーティブ・シティー・フォーラム)には、NASAのコンペで一等になった火星住居の建築案を提案したクラウズアーキテクトの曽根さんもスピーカーで招待した。出品作家のトム・サックスも講演する。
私にとってこの展覧会は、09年に開催した「医学と芸術展」と対をなす企画と言うことが出来る。なぜなら、そのどちらも人間の過去から現在、そして未来とはどうなるのかという哲学的な問いにつながるテーマだからだ。医学は人間の体の細部に分け入り、遺伝子工学によるミクロの世界に新たなヴィジョンを開いたが、本展は、広い宇宙に対象を広げ、マクロの世界に取り組むものともいえるのだ。人間を巡るミクロとマクロの視点が対になる。
アートは創造性だという人が多い。しかし創造性は多くの場合何もないところから何かを生み出すことでなく、すでにあるものの新たな組み合わせから生じている。新しいつながりから新しい見方や意味が生じてくる。そこで学際的(インターディシプリナリー)な視点、境界を越えた他者との交流が重要になる。それは別の言い方をすると今、多用されるダイヴァーシティーという言葉と表裏の関係にあるだろう。
先日香港アートスクールが美術教育のシンポジウムを開催し、私も参加したが、そこでもこれからの教育に重要なのはジャンルを超えた学際的な教育ではないかという結論になった。宇宙というテーマは民族を越え、時代を超える。そしてそこに新たなダイヴァーシティーが生まれ、もう一度地球という限りある惑星の未来を人類が考える契機になるだろう。(森美術館館長)
【展覧会】宇宙と芸術展:かぐや姫、ダ・ヴィンチ、チームラボ
【会期】2016年7月30日(土)~2017年1月9日(月)
【会場】森美術館(東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53F)
【TEL】03-5777-8600(ハローダイヤル)
【休館】会期中無休
【開館】10:00~22:00(火曜は17:00まで)
【料金】一般 1,600円 高校・大学生 1,100円 子供(4歳~中学生)600円
【関連リンク】森美術館:宇宙と芸術展
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