美術評論家の河北倫明が設立した公益信託倫雅美術奨励基金が主催し、優れた新鋭の美術評論家、美術史研究家の顕彰を行う「倫雅美術奨励賞」の第28回受賞者が発表された。
今回は27名の推薦委員より美術史26件、美術評論16件あわせて42件(重複を除いて32件)が集まり、選考の結果、美術史研究部門として「小川千甕展―縦横無尽に生きる」の企画及びカタログ中の論文を担当した増渕鏡子氏(福島県立美術館主任学芸員)と植田彩芳子氏(京都府京都文化博物館学芸員)、美術評論部門として『日本画と材料 近代に創られた伝統』を著した荒井 経氏(東京藝術大学大学院准教授)がそれぞれ受賞した。
「小川千甕展―縦横無尽に生きる」は、2014年から16年にかけて福島県立美術館、泉屋博古館分館、京都府京都文化博物館を巡回した画人・小川千甕(1882〜1971)初の回顧展。同基金運営委員長の市川政憲氏は、中央主導の近代美術史観とは一線を画す増渕氏の論考『写生のゆくえ~小川千甕の芸術』に触れながら、「時代と向き合い、各地の人々と関わり合いながら縦横無尽に生きた千甕の“社会性”が増渕氏によって明らかにされた意義深い展覧会」と評価した。
また、福島県飯舘村の焼失した「オオカミ絵」の復元が今春広く話題となった荒井氏の『日本画と材料 近代に創られた伝統』については、「わが国の伝統を担う絵画として“日本”画と名付けられた特殊性が、ひとつの神話となって今日に至るが、氏は客観的、科学的な検証を通じて、その神話から脱したところから日本画とは何かを考え、新たな知見を示した。美術史家顔負けの画期的な論考」であるとした。同運営委員の田中淳氏も「満場一致の選出。著者は日本画に留まらず、東アジアの絵画表現とは何かという観点で研究を続けている。彼の研究がさらに進むことを楽しみにしている」と今後にも期待を寄せた。
<美術史研究部門>「小川千甕展―縦横無尽に生きる」の企画及びカタログ中の論文 ※共同受賞
増渕鏡子(ますぶち・きょうこ)
栃木県宇都宮市出身。1991年筑波大学芸術専門学群卒業。91年~サントリー美術館勤務。93年~福島県立美術館学芸員。現在、同館主任学芸員。
植田彩芳子(うえだ・さよこ)
神奈川県出身。1998年東京大学文学部(美術史学専修課程)卒業。2010年東京大学大学院人文社会系研究科(美術史学専門分野)博士課程修了。博士(文学)。05年~国立新美術館研究補佐員。08年~東京国立博物館任期付研究員。10年~京都府京都文化博物館学芸員。
<美術評論部門>『日本画と材料 近代に創られた伝統』(武蔵野美術大学出版局)
荒井 経(あらい・けい)
1967年生まれ。90年筑波大学芸術専門学群日本画卒業。92年同大学大学院修士課程芸術研究科日本画修了。2000年東京藝術大学大学院修士課程美術研究科保存修復日本画修了。03年同大学院博士後期課程美術研究科保存修復日本画単位取得退学。04年東京藝術大学博士(文化財)取得。03年~東京学芸大学教育学部専任講師。05年~同准教授。09年~東京藝術大学大学院美術研究科保存修復日本画准教授。
倫雅美術奨励賞は、選考対象を概ね2年間に国内で発表された優れた美術評論、美術史研究、展覧会の企画(カタログ等含む)とし、対象年齢はその年の12月1日現在で概ね50歳未満の者。受賞1件に対して、奨励金として100万円が贈られる。
今回は市川政憲(美術評論家)、田中淳(東京文化財研究所客員研究員)、五十殿利治(美術史学者、筑波大学教授)、菊屋吉生(美術史学者、山口大学教授)、有川幾夫(宮城県美術館館長)の5氏が選考委員を務めた。顕呈式は12月16日(金)、東京・紀尾井町のホテルニューオータニにて。