富井玲子 [現在通信 From NEW YORK] :「ポスト真実」をこえるために

2017年01月23日 10:00 カテゴリ:エッセイ

 

 

一年の回顧を、というのが編集部の注文だ。アートに限らず、社会そのもの、そして思想の問題として2016年が突きつけたのは「ポスト真実」(post-truth)の挑戦だ。オックスフォード英語辞典の「2016年の国際語」に輝いた言葉。客観的事実よりも感情や個人の信念に訴えることで世論を形成する、という意味で英国のEU離脱(Brexit)や米国でトランプ当選を可能にした社会状況の背景となる。

 

「真実」はさておき「事実」すらも共有の基盤にならず、しかもトランプが文化表現にまで有形無形の圧力をかけてくるのではないか、という暗い予想もある。

 

(アメリカの美術評論家連盟は年末の会員更新連絡で、表現の自由を擁護することが言論人としての美術評論家の任務であることを確認している)。

 

一方でグローバルに見渡すなら、アートにおける「作品」という事実を共有しながら、「歴史の形」の「真実」を再検討する試みは着実に進行していて、ヨーロッパではオクイ・エンヴェゾーが館長をしているミュンヘンのハウス・デア・クンストが「戦後―太平洋と大西洋の間のアート、1945-1965年」展を開催していて特筆に価する(3/17まで)。

 

未見だが、「戦争直後」「形態」「新しい人間像」など8テーマを設定し、絵画彫刻にパフォーマンス、映画、資料まで、65カ国から218作家350作品を展観。大規模な百科全書的展覧会の内容は充実した専用ホームページで検索可能(postwar.hausderkunst.de/en/)。アジア、中近東からアフリカへの目配りには地域性への配慮も大きい。定番の河原温や草間彌生、白髪一雄などの他に丸木夫妻の「原爆の図」が入っているのはその一例だ。

 

このように日本が世界美術史概論に定位置を確保しつつあるのは、複眼的視座からのモダニズムの学術研究(真実の追究?)が進んでいることを示す。次の課題は、いかに質量ともに拡充をはかり深めていくか。

 

そこで興味深いのは、スイスのフリアート(フライブルグ・クンストハレ)の「閉鎖の回顧展」だ。ロンドン在住のマチュー・コプランドの企画でフライブルグ出身のジャン・ティンゲリーの生誕百年に関連した特別展。動く彫刻の大家が考えた「反・美術館」を一歩進めて「画廊閉鎖」なる過激な行為に及んだ11の事例を個展連鎖の形で紹介した。

 

当時の案内状や掲示物などの内容を2016年用に更新しての「再現」で、会期中は会場は常に閉鎖状態(8/6~11/19)。関連資料や写真は同時出版の『Anti Museum』で見せるという徹底した態度で臨んでいる。歴史的に閉鎖展の元祖は日本のハイレッド・センターと松澤宥。ともに1964年。私はコプランドがポンピドー・センターで企画した展示物のない「空虚展」以来の交流があり、本展では日本からの出品を支援した。

 

最終日にはHRCの内科画廊イベントにならって閉鎖されていた会場を開放。クロージング・パーティには私も臨席して、オペラ歌手やマリンバの演奏を大いに楽しんだ(展覧会ホームページ:goo.gl/4zMV4Q)。

 

 

 

 

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