私は、堅い堅いお役人、仕事に個性は出せません。
ご主人のなされるままに従うことしかできません。
失敗は許されません。
そして私は感情の起伏を出すことを禁止されています。
死ぬまで巾の決まった線を出し続けることで、私の一生は終わります。
ご主人は光り輝く紙面に、私のような無機質な線で描くのが好きらしく、いまだ私と離れる気配がありません。
でも今現在、取りかかっている作品は線描で終わるか、輝く色彩の世界に移るか、悩んでいる様子です。
「オヤッ…」右手が色鉛筆の方に移りました。どうやら私の仕事はここまでのようです。
それにしても、色鉛筆は光の屈折分だけ数が存在するのでしょうか?
本当にたくさんの色が揃っています。
それでも、ご主人の好みは決まっていて、まったく出番のない色もいます。
ですから、そんなにたくさん揃えることもないのでは?と思いますが、どうやらご主人は、色がたくさん揃っていないと不安になるらしいのです。
私達は削られ削られ、そのたびに新しい顔を出しますが、芯が柔らかいので寿命が短いのです。
ご主人の力加減次第で体の一部分は残りますが、ペンのように完全なベタというわけにはいきません。
だから画用紙の白が網目のように透けるのです。
ご主人は仕上げが近くなると、華やかなパレードの様に私達を上下左右交差して、奥行きが出るまで動かし続けるのです。
「オヤッ…」どうやらご主人様は眠たそうだ。
私達もそろそろ床に就けそうです。
「オヤスミナサイ」。
田中 正 (たなか・ただし)
1953年群馬県前橋市生まれ。10代から油絵を描き地元のグループ展などで発表。建築塗装業に従事しつつ、制作を続ける。2006年よりボールペン、色鉛筆を主な画材とする。国際応募展「第1回アートオリンピア2015」最高賞受賞。
2月3日(金)~28日(日)「前橋の美術2017 ~多様な美との対話~」(アーツ前橋)出品。
【関連記事】「第1回 アートオリンピア2015」 最高賞に田中正氏「おかえりなさい」
「アートオリンピア2017」新審査員に岡部あおみ氏ら、最高賞12万USドル