[フェイス21世紀]:麻生 知子〈画家〉

2017年08月21日 09:57 カテゴリ:コラム

 

暮らしの中で、絵具を化かす

 

山内龍雄芸術館館内にて(6月21日撮影)

山内龍雄芸術館館内にて(6月21日撮影)

 

麻生と会った人は「作品と本人の印象が変わらない」と口にする。温かく、どこか懐かしい絵が多いのは「おばあちゃん子」だったからか。しかしその作品からは、決してノスタルジーにとどまらない逞しさや、前向きな楽しさも感じられる。

 

盆踊りの光景やサンドウィッチの断面、赤ちゃんの蒙古斑。生活の中のモチーフを少し可笑しく捉えた油絵は、幼い頃の記憶を基に描くことが多い。今年6月の第53回神奈川県美術展では平面立体部門の大賞を受賞。その作品《浴場》を間近で見ると、様々なマチエールが共存し、泡やシャワーの水は非常に厚塗りであることに気づく。「描写するというよりも、絵具そのものが泡や水になればいいという感覚。絵具に‟化けて”もらおうと思って描いています」。

 

《浴場》油彩・キャンバス 162×227.3㎝ 2017年 撮影:秋葉雅士 第53回神奈川県美術展(平面立体部門)大賞受賞作

《浴場》油彩・キャンバス 162×227.3㎝ 2017年 撮影:秋葉雅士 第53回神奈川県美術展(平面立体部門)大賞受賞作

 

間近でみると、泡のぷっくりしたマチエールに気づく

間近でみると、泡のぷっくりしたマチエールに気づく

 

題材の中でも温泉と食べものについては「特に大好き」と身を乗り出して語る。大学卒業後は友人で画家の竹内明子とともに、全国で展示・制作する「ワタリドリ計画」を開始。その旅の途中も、温泉と食のチェックは欠かせない。食べものを描く時もまた「絵具が美味しそうになるように」と熱い想いを込める。

 

今回の受賞作では浴場を俯瞰した全図の中に、様々な方向から見た人物を組み込んだ。人の配置に着目すると、多くの図形が浮かび上がる。審査を務めた美術評論家の沢山遼は、その計算された構図をモンドリアンに例えた。

 

山内龍雄芸術館(撮影:麻生知子) 麻生はミュージアムショップ「お店 ヤマドリ」の店長を務める

山内龍雄芸術館(撮影:麻生知子) 麻生はミュージアムショップ「お店 ヤマドリ」の店長を務める

5年前に結婚・出産し、現在は夫の須藤一實とともに、神奈川県藤沢市の自宅敷地内で「山内龍雄芸術館」を運営する。3年前からは陶芸にも取り組み、制作したオブジェがアトリエを彩る。

 

目標は、長生きして常に新しい一枚を描き続けることだ。食や風呂に対する愛と執着心が人一倍強いのは、何より生きることに興味があるからだろう。そんな麻生の絵具に宿る熱が、観る者の毎日を、生活を、もっと楽しく化かしていく。
(取材:岩本知弓)
 

《中華街》油彩・キャンバス 72.7×91㎝ 2017年

《中華街》油彩・キャンバス 72.7×91㎝ 2017年

 

2016年4月に開館した山内龍雄芸術館館内にて。晩年ヨーロッパでも高く評価された画家・山内龍雄(1950~2013)の作品を常設展示しており、画布を薄く削った繊細なマチエールを堪能できる。夫の須藤一實(右)は「山内のみを紹介する画商」として30年以上に渡り活動

2016年4月に開館した山内龍雄芸術館館内にて。晩年ヨーロッパでも高く評価された画家・山内龍雄(1950~2013)の作品を常設展示しており、画布を薄く削った繊細なマチエールを堪能できる。夫の須藤一實(右)は「山内のみを紹介する画商」として30年以上に渡り活動

 

 

 右:「大学時代に見て、そのマチエールに興味を持った」と語る山内龍雄の画集。後に、夫の須藤と出会うきっかけの一冊ともなった 左:麻生の絵が表紙に使われた「おいしいアート」展(横須賀美術館、2014年)の展覧会図録。「今後は本の装丁などをやってみたい」

右:「大学時代に見て、そのマチエールに興味を持った」と語る山内龍雄の画集。後に、夫の須藤と出会うきっかけの一冊ともなった
左:麻生の絵が表紙に使われた「おいしいアート」展(横須賀美術館、2014年)の展覧会図録。「今後は本の装丁などをやってみたい」

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麻生 知子 (Aso Tomoko)

 

《麻生温泉》陶、水 2017年 54.5×37×9㎝ 2017年 撮影:小瀬村真美

《麻生温泉》陶、水 2017年 54.5×37×9㎝ 2017年 撮影:小瀬村真美

1982年埼玉県所沢市生まれ。高校生の頃「一生やるなら絵だ」と画家を志し、4年間の浪人生活を経て東京造形大学へ。3年次からは版表現を学んだ。卒業後の2009年春、「ワタリドリ計画」を開始し、今年9月には二本松市で開催される重陽の芸術祭に参加。09年と12年にVOCA展出品。今年の第53回神奈川県美術展で平面立体部門の大賞を受賞した。14年より銀座・村越画廊で個展を開催しており、来年5月には田中千智・野間祥子との3人展が決定。
 

 

【関連リンク】ワタリドリ計画 山内龍雄芸術館

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