暮らしの中で、絵具を化かす
麻生と会った人は「作品と本人の印象が変わらない」と口にする。温かく、どこか懐かしい絵が多いのは「おばあちゃん子」だったからか。しかしその作品からは、決してノスタルジーにとどまらない逞しさや、前向きな楽しさも感じられる。
盆踊りの光景やサンドウィッチの断面、赤ちゃんの蒙古斑。生活の中のモチーフを少し可笑しく捉えた油絵は、幼い頃の記憶を基に描くことが多い。今年6月の第53回神奈川県美術展では平面立体部門の大賞を受賞。その作品《浴場》を間近で見ると、様々なマチエールが共存し、泡やシャワーの水は非常に厚塗りであることに気づく。「描写するというよりも、絵具そのものが泡や水になればいいという感覚。絵具に‟化けて”もらおうと思って描いています」。
題材の中でも温泉と食べものについては「特に大好き」と身を乗り出して語る。大学卒業後は友人で画家の竹内明子とともに、全国で展示・制作する「ワタリドリ計画」を開始。その旅の途中も、温泉と食のチェックは欠かせない。食べものを描く時もまた「絵具が美味しそうになるように」と熱い想いを込める。
今回の受賞作では浴場を俯瞰した全図の中に、様々な方向から見た人物を組み込んだ。人の配置に着目すると、多くの図形が浮かび上がる。審査を務めた美術評論家の沢山遼は、その計算された構図をモンドリアンに例えた。
5年前に結婚・出産し、現在は夫の須藤一實とともに、神奈川県藤沢市の自宅敷地内で「山内龍雄芸術館」を運営する。3年前からは陶芸にも取り組み、制作したオブジェがアトリエを彩る。
目標は、長生きして常に新しい一枚を描き続けることだ。食や風呂に対する愛と執着心が人一倍強いのは、何より生きることに興味があるからだろう。そんな麻生の絵具に宿る熱が、観る者の毎日を、生活を、もっと楽しく化かしていく。
(取材:岩本知弓)
麻生 知子 (Aso Tomoko)
1982年埼玉県所沢市生まれ。高校生の頃「一生やるなら絵だ」と画家を志し、4年間の浪人生活を経て東京造形大学へ。3年次からは版表現を学んだ。卒業後の2009年春、「ワタリドリ計画」を開始し、今年9月には二本松市で開催される重陽の芸術祭に参加。09年と12年にVOCA展出品。今年の第53回神奈川県美術展で平面立体部門の大賞を受賞した。14年より銀座・村越画廊で個展を開催しており、来年5月には田中千智・野間祥子との3人展が決定。
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