寄せ集めの「神話」
「些細な神話」を紡ぎ出すこと。画家・塩月悠が目指すテーマだ。その由来は、二紀展に出品し始めた大学時代に遡る。
当時「日本で西洋画を描く意味」を模索しながら、東洋のモチーフや写実的な人物を縦横無尽に取り入れた大作を制作していた。そんな中で偶然出合ったのが、構造主義の父・レヴィ=ストロースの神話学。「民族間で形成される神話は『様々な伝承の寄せ集め(=ブリコラージュ)』だ、と記されていて。異文化を無理やり詰め込んだ自分の絵と、神話の構造に通じるものを感じました」。
現在制作するのは、それぞれに異なる「時間」を感じさせる3つのシリーズ。1つ目は鉱物を貼り付け、人の思考のかたちを表現した《crystal thought(思考の結晶)》だ。古道具屋などで集めた金属や布をコラージュし、着色しながら馴染ませることで、化石のような時間の積層を表している。ひび割れたマチエールは、有元利夫や野村昭嘉に憧れて研究した。
次に生まれたのが《decolorization(脱色)》。洋紙を藍や枇杷で染めた後、部分的に脱色して故意に痕跡をつくるシリーズだ。脱色の仕上がりが予測できないため、下絵はせずに瞬発的に制作する。その即興性を突き詰め、一昨年から新たに始めたのが《Wipe(拭い取る)》シリーズ。油絵具の遅乾性を活かし、垂らして拭う手法で「描かないからこそ見えてくるもの」を感じさせている。
今年9月には京橋・Gallery Seekで新作個展を開催し、その3シリーズを並べた。異種の作品が寄せ集められた展示室内は、まさに「神話的」な空間だったと言えるだろう。「今後も表現したいビジョンにあわせ手法を変えていきたい。今は映像制作にも興味があります」。その些細な神話は、確実に大きくなっていく。
(取材:岩本知弓)
塩月 悠 (Shiotsuki Yu)
1982年宮崎県生まれ。現在二紀会準会員、長崎純心大学講師。2006年佐賀大学大学院修了。学部時代、上瀧泰嗣に学んだことを機に二紀展に出品し始め、07年に奨励賞、13年に損保ジャパン美術財団奨励賞を受賞。13年より「われらの地平線」展にも選出されている。今夏は福岡・大川市立清力美術館の「時の考察展」で、江戸時代の久留米藩御用絵師の絵画資料とともに作品が特集展示された。六本木・国立新美術館の「第71回二紀展」(10月18日~30日)では最新作を出品。
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