刷り傷に託す
銅版画の制作は、版に「傷」をつける行為だ。村上早(むらかみ・さき)はその傷に、トラウマ、つまり「心の傷」を重ねる。インクは黒色の血。それを刷り取る紙は柔らかなガーゼ。版を削り修正することは出来ても、一度ついた傷は決して完全には消えない。
幼少期にある傷を負った。生まれつきの心臓奇形で、4歳の時に生死をわける手術を経験。苦痛とともに「病室に一人だった印象」が忘れられない。夜眠ることは擬似死のようで、今も少し怖い。
絵を描くことで救われてきた。時が経ったからこそ笑って話せるが、学校では勉強も運動もぱっとせず、唯一褒められたのは絵。「美術にすがるように生きてきました」。
武蔵野美術大学への進学で銅版画と出合い、高浜利也に学ぶ。選んだ技法は、ポスターカラーで描いた線をそのまま腐蝕するリフトグランドだ。試し刷りの後に版を削って修正。消えない痕跡が、画面に透明な層をつくる。「身近な人の話からも感じるのですが、心の傷は火傷の跡のように、治らないまま成長する。その歪みが後の人生に影響を与えるように思えて、とても興味深いです」。
人と動物が素朴な線で描かれる画面は一見愛らしいが、作品内ではしばしば落下事故や事件が暗喩される。実家は動物病院。怪我の動物も、その臓器も、日常の一部としてそばにあった。淡々と描かれる悲劇は、夢や寓話のように広がりをみせる。
制作は大部分が苦しいと語る。一日中自分の傷と向き合い、痛みは何度でも反復する。しかし刷ることで、その傷の形は少しずつ変化してきているのかもしれない。11月27日(月)~12月2日(土)には銀座・コバヤシ画廊で個展を開催。新作を並べると、線描だけでなく「面」の表現が増えてきたことに気づいた。痛みとともに生きていく。その方法こそが、彼女にとっての銅版画なのだろう。
(取材:岩本知弓)
村上 早 (Murakami Saki)
1992年群馬県高崎市生まれ。2017年武蔵野美術大学博士後期課程造形芸術専攻作品制作研究領域中退。在学中より師の勧めでコンクールへの出品をはじめる。15年「FACE 2015 損保ジャパン日本興亜美術賞展」優秀賞、「第6回山本鼎版画大賞展」大賞、16年「VOCA展」入選、「アートアワードトーキョー丸の内」フランス大使館賞など受賞多数。今年は「群馬青年ビエンナーレ2017」で優秀賞を受賞。「2017 MITSUKOSHI ART CUBE」では特集が組まれ、北京のギャラリーでは自身初の海外個展が開かれた。2019年1月~3月には上田市立美術館 サントミューゼで個展を開催予定。
【展覧会】村上早展
【会期】2017年11月27日(月)~12月2日(土)
【会場】コバヤシ画廊(東京都中央区銀座3–8–12 ヤマトビルB1階)
【TEL】03-3561-0515
【休廊】会期中無休
【開廊】11:30~19:00 ※最終日は17:00まで
【料金】無料
【関連リンク】コバヤシ画廊:村上 早