みえないちからに かたちをあたえ
特別信仰心の強い家庭に育ったわけではない。何か良いことがあった時には「ご先祖さまにお礼を言おう」と、お仏壇に手を合わせる程度。そんな平良が描くのは和装の少女や一つ目三つ目、牙を剥きだす妖怪たち。哀切、ユーモア、人間らしさを物語にのせて描きたいと平良は言う。
絵を描くことが好きで仕方なかった幼稚園時から、すでに画家を目指していた自覚があった。画家になれるとは思っていなかったが、それでも美術関係の仕事につきたかった。東京藝術大学デザイン科では課題のテーマに対して様々なアプローチが許されるなか、愚直なまでに平面作品を描き続けた。「君は絵を描き続けたらいい」迷いながらも筆を走らせることしかできなかった平良のその後を決定づけたのは、卒業制作担当教授中島千波の一言だった。大学院に進学し独学で日本画材と格闘。修了制作が日本画材で完成させた初めての作品となる。
画鬼・河鍋暁斎に私淑し、応挙や南画からも学ぶ。女性像を描くときはデッサンに基づく。デッサンの線は事物を象る「あてていく」線。かたや妖怪を描く線は「生み出す」線。物語性を孕ませながら自らが美しいと思う線をかたちづくっていく。二種の線に優位性はなく、見えるものも見えないものも等しく平良には大切なもの。
大人になるほど縁遠くなってゆく「痛いの痛いのとんでいけ」に代表されるような民間信仰やおまじないのたぐい「みえないちから」を大切に思う心が、愛すべき妖怪たちの裏には息づいている。それは、科学技術の目覚ましい進歩によって便利な世の中を生きる現代人のこころに、忘れてしまったぬくもりを届けるアンチテーゼたりえるだろう。平良の生み出す新しくもどこか懐かしい日本人的情緒は、自国のみならず世界に誇れる「和」の美意識として、これからますます多くの人々のこころに染み透っていくに違いない。
(取材:坂場和仁)
平良 志季(Taira Shiki)
1990年東京都生まれ。2013年東京藝術大学美術学部デザイン科卒業。15年同大大学院修士課程(押元一敏研究室)修了。全国百貨店他、個展グループ展多数。17年にはパークホテル東京アーティストルーム3110号室を担当。「富士山」をテーマに、日本美と瑞祥が各所にあしらわれた部屋を完成させる。「アートフェア東京2018」3月9日~11日、東京国際フォーラムNORTH WING《N54》靖雅堂夏目美術店ブースにて世界の妖怪をテーマに新作絹本約40点を出品予定。
【関連リンク】靖雅堂夏目美術店(アートフェア東京)