富井玲子 [現在通信 From NEW YORK] :肖像写真の世界

2018年02月27日 19:29 カテゴリ:エッセイ

 

 

写真家ピーター・フジャーは、日本ではエイズをめぐる問題をテーマにした東京都写真美術館の『ラヴズ・ボディ』展(2010年)を通じて知られているようだが、その回顧展が「生命のスピード」と題してモーガン・ライブラリーで開催されている(5/20まで)。

 

1934年にニュージャージーで生まれたフジャーの写真歴は50年代から始まり、89年に亡くなるまで、NYのダウンタウンを中心に活動した。生前に出した写真集が一冊、また初個展が77年で、どちらかといえば今までめだたなかった。彼より若い世代で、やはりゲイ文化やアンダーグランド文化をテーマにしたロバート・メイプルソープ(1946~89)やナン・ゴールディン(53年生まれ)が当時から大きく脚光を浴びたのと対照的だ。

 

展観はモーガンの収蔵品を中心にしており、内容も生前から定評のあった肖像写真にくわえて、風景や都市風景、農場の動物などその幅は広い。

 

フジャーの親密ながらも厳格な眼差しは、たとえばスーザン・ソンタグの肖像に典型的に見出される。撮影時期は、ちょうど写真論を連載していたときのもの。批評家は組んだ両手を枕にして横になりリラクッスしている。コンタクト・シートを見ると、顔を正面から捉えようとする努力がありありと見えるが、作品として選ばれたショットは、むしろ四分の三正面のもの。伏し目がちの表情には無意識の中に静かな知性がただよっている。

 

《死床のキャンディ・ダーリング》は、ウォホールの映画で知られるトランスジェンダーの女優。ベッドに横たわって半身を起こしてカメラに向かうポーズはフジャー独自の工夫で本展でも数点紹介されている。この作品の場合、病院のベッドに横たわる姿からは、カメラに向かって最後の〈演技〉をする女優に一種の威厳すら感じてしまう。

 

そういう目で見ていくと、フジャーが人物だけではなく、風景や動物も肖像写真の姿勢で臨んでいるのではないか、と思えてくる。ゴールディンのようにスナップ的に記録するのでもなく、メイプルソープのように古典彫刻を意識するあまり理想化しすぎるのでもない。淡々として、なお意識が集中している。

 

《クリストファー通突堤》と題したシリーズも、ゲイの人たちがたむろして「セックス突堤」と呼ばれた場所を、人物を通じて描き出す。一番強力なのは、暑い夏の日に短パンのブーツ姿で寝転ぶ、むくつけき男性が4の字に組んだ脚を、爪先から構築的に撮影したものだ。人物の顔は見えないが、確かにクリストファー通が象徴する猥雑なゲイ文化のエッセンスを掴み取っている。

 

あるいは、動物を被写体とした写真群。子供時代を農家の動物達に囲まれて過ごしたフジャーは折に触れて動物を撮影していて、本展にも《レジの上に座った猫》や《ウエスト・バージニアの山馬》など逸品が少なくない。集中して撮影したのは76年で、馬や牛、羊やガチョウなどに、人間の被写体よろしくあれこれ話しかけながら撮影し、動物達もしっかりとポーズをとって応えたというエピソードすらあるところが面白い。

 

 

 

 

作品すべて © Peter Hujar Archive, LLC, courtesy Pace/MacGill Gallery, New York and Fraenkel Gallery, San Francisco

 

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