[画材考] 日本画家:前田 力「広島」

2018年08月06日 07:00 カテゴリ:コラム

 

 

高校の教員をしていた父が修学旅行の下見で広島に出向くことになり、小学2年生の私が一緒に付いて行った。なぜ行くことになったのかはまるで覚えていないが、広島に行く初めての機会となった。同僚の先生2名と父と私の4人で、東京から新幹線に乗り、広島まで6時間かけて行った。広島に着くと初めての路面電車に大はしゃぎだったという。

 

しかし、下車した先で見た凄惨な展示物に唖然とし、異様な景色と理解を超えた恐怖とで混乱してしまった。その後、原爆ドームから相生橋まで歩いたというが、記憶にない。ただ、橋の上で父が「ココが目印だったんだ」と話し、私は空を見上げたことだけは覚えている。帰りは、広島西飛行場からYS11という国産プロペラ機に乗って羽田に着いた。私はこの旅で、新幹線、路面電車や飛行機に乗れたという少年の願望が叶い浮かれた気持ちと、衝撃的な戦争という恐怖を知った。「広島」は私の記憶の根底にしっかりと焼き付いた。

 

それから30数年が経ち、どんな巡り合わせか広島で教鞭をとることとなり、この土地に引越してきた。幼少の戦慄な記憶がそうさせるのか、平和を意識させてくれる広島の風景をモチーフに描くことが、今の私の表現したいことのように思う。

 

今回の第73回春の院展での作品のモチーフは、福山市の時計博物館にあるものだ。小さな時計の針を進めるために、たくさんの歯車が動いている。平和の時を刻む尊さを私に教えてくれた。

 

第73回春の院展 日本美術院春季展賞(郁夫賞)《刻む》

第73回春の院展 日本美術院春季展賞(郁夫賞)《刻む》

 

第101回院展 日本美術院賞(大観賞)《憂いの街》

第101回院展 日本美術院賞(大観賞)《憂いの街》

 

 

前田 力 (まえだ・ちから)

 

1971年千葉県生まれ。2000年東京藝術大学大学院修了。現在日本美術院特待、広島市立大学芸術学部准教授。2016年「第101回院展」で日本美術院賞(大観賞)を、今年の「第73回春の院展」で日本美術院春季展賞(郁夫賞)を受賞。8月31日(金)~9月13日(木)には銀座・ナカジマアートで『更生保護』表紙絵展が開催される(会期中無休)。

 

 

【関連リンク】広島市立大学 日本画専攻:前田 力

 

 

 


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