〝筆ネイティブ〟不退転の決意
「何がなんでもやってやる」。山岸は薬剤で溶けていく蛇の骨を徹底的に観察しながら鬼気迫る思いで卒業制作《刃》に取り組んだ。どんなに苦しい状況でも負けない気持ちがその後の運命を切り開く。
小学1年生から高校卒業後まで地元の書道教室に通い、公募展では大きな賞を当たり前のようにもらった。教室の先生には書家に本格的に弟子入りすることも勧められたが、結果的には絵の道を目指すことになる。そして念願の東京藝術大学美術学部デザイン科に入り、平面、立体、映像など様々な課題をこなす毎日を送った。環境に揉まれながらも4年生で専攻を決めるとき、それまで書で培った技術や感覚を最大限に生かす水墨画を選ぶことになる。
骨と化しながらも立ち向っていく姿を表現した《刃》は指導教官の中島千波から「情念」と評され、美術史家・山下裕二の目に留まった。高い技術やダイナミックな筆使いは幼少から培ってきたからこそと、山下は山岸を“筆ネイティブ”と名付ける。
好んで描く龍、獅子、蟷螂や蜻蛉を山岸は「壁に当たっても決して後退しない気高さと強さを持ち、自らを鼓舞してくれる存在」と語る。今年開催した Gallery MUMON の個展では、新作に白描の技術を用い、展覧会タイトル「前へ」に相応しい新境地を開いた。
師である中島の「何者にも縛られない姿」を目標にしつつ、「自分の作品を見た人が一歩でも前に進めるように、ポジティブなエネルギーを与えたい」と満面の笑みで語る。常に前を目指す姿勢は、いずれ“筆ネイティブ”をさらに深化させた真のアーティストとしての歩みに変わるに違いない。その日を心待ちにしたい。
(取材:南雅一)
山岸 千穂 (Chiho Yamagishi)
1988年千葉県生まれ。2015年東京藝術大学大学院美術研究科デザイン専攻描画・装飾研究室修了。14年光岳院(東京都港区虎ノ門)の襖絵(181×546㎝)を手掛ける。15年第49回レスポワール新人選抜展(銀座スルガ台画廊)にて注目を集め、16年個展「RISING SUN」(nada art gallery)を開催。19年1月18日~3月23日、グループ展「鸞翔鳳集展[Vol.1][Vol.2]」(Gallery MUMON)に出品。3月28日~4月27日、個展「前へ」(Gallery MUMON)では代表作の大型屏風作品を展示したほか、新作で新たな境地を見せた。