先日、大怪我をした。研いでもらったばかりの96本の彫刻刀の束を踏みつけた。彫刻刀が刃物だということを思い出した。
私は手間のかかる木版画を制作している。原画を描いて、トレース用紙に写し、裏返してカーボン紙を挟んで版木に転写し、彫刻刀で彫り、絵の具を塗った版木に和紙を載せ、バレンで摺って色を吸わせる。多色版画なので、たくさんの版木を彫って摺る作業を繰り返す。表現したいことが増えてきて、1作品あたりの版木がどんどん増える。
「彫るのが大変でしょう。」とよく言われるが、実は一番楽しい時間でもある。作品の完成図を心に描く。夢を見る。自分と向き合う。気持ちが落ち着く。
とはいえ、締め切りに追われてギリギリの中で、彫る作業を早く進めなくてはならない。強い味方が彫刻刀だ。版画展で知り合った福島の刃物屋さん。版木がバターのように切れ、彫りが非常に鋭く早くなって助けられている。
ありがたいと思ってきたが、いつしか切れる彫刻刀にも慣れっこになっていたかもしれない。もとい彫刻刀や和紙やバレンや絵の具などの大事な画材、それを提供してくれる職人さん、もっと言えば先生方のご恩や版画制作できる環境、そして自分の作品に「慣れ」ずにありたいと思う。
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小林理恵(こばやし・りえ)
2007年日本版画会展文部科学大臣賞・2018年日展特選受賞。現在日展会友・光風会会員・日本版画会理事。