漆はかぶれますよね―
私が漆で作品を制作していると言うと、十中八九このように返される。
漆に出会って十五年位。最初に比べるとそうでもなくなったが、さすがに漆の大きな作品の中に入って、四方を漆に囲まれて制作していれば、かぶれることはよくある。しかも、かぶれは少し遅れて忘れた頃に現れる。独特だ。しかし、漆は毒ではない。漆は、傷口を塞ごうとしてウルシノキから流れ出る樹液である。傷口を護りながら、やがて固まっていく。我々がケガをしたときに、カサブタができて内側から治っていくのに似ている。傷口を必死で護り、癒す漆。
そんな強烈な個性に出会うと、慣れない我々の方がたじろいでしまう。かぶれは皮膚のタンパク質が反応したものだという。かぶれに対する畏怖の念。漆が護符(おまもり)に塗られてきたという事実は、この畏怖なる感情と無縁ではない。その驚異なる力によって誰かを、何かを護りたい、護ってほしいと願ってきた証だ。 これは、単なる祈りにとどまらない。実際に、漆を塗られたその本体(胎)は、三千年をも超えて護られ続けるのである。多くの矛盾と葛藤に抗い、漆は願いを叶える。 強烈な個性をもって護り抜く。
一見さらさらしているようで、とても手厚い。漆は実に厳しく、優しい。そんな性格に、しばしば憧れることさえある。しかし憧れたところで、なかなかそうはなれない。
なぜ漆で制作しているのですか―
この質問に一言で答えるのは難しい。
江村忠彦(えむら・ただひこ)
1984 年岡山市生まれ。2009 年岡山大学大学院修了、2012 年筑波大学大学院人間総合科学研究科博士後期課程芸術専攻修了、博士(芸術学)。第 25 回国民文化祭にて県知事賞、第 76 回/第 77 回新制作展にて新作家賞、第 50 回昭和会展にて昭和会彫刻賞、第 11 回岡山県新進美術家育成「I氏賞」奨励賞など受賞。現在、新制作協会会員、大阪成蹊大学芸術学部講師。