”うつろいの美を求めて”
糸賀英恵は多摩美術大学デザイン科で鍛金の技法に出会い、金鎚で銅板を叩き自らイメージするフォルムに近づけていく面白さに夢中になった。
しかし鍛金の立体作品の多くが板を袋状に閉じることに対し、「裏表のある銅板なのに、最後は表だけ主役になることが多いことが気になった」。裏表を余すことなく見せたいという思いは募るものの大学4年間で作品テーマを決めることができず、卒業制作作品は光をイメージしたフォルムの小さな開口部から、わずかに裏面が覗くだけだった。
テーマを模索しながら大学院に進学したが、2年生のときに転機が訪れる。前衛いけばな作家・中川幸夫の作品に出会ったのだ。生々しく花の生命に迫るかのような中川のいけばなに衝撃を受けた糸賀は、花をテーマにしようと決意するとともに英語の“Flower”という言葉をFlow-er(うつろうもの)へと読みかえた。美しく咲くもいずれ散っていく花はうつろいを体現する存在であり、開ききった花弁にはしっかりと裏表が見える。目指すべきテーマが決まるとそれまで種のように固く閉じられていた銅板が徐々に開き始め、熔接で繋ぎ合わされたドレープ(ひだ)が複雑に交差するフォルムへと変化していった。
銅には作者の心身の状態が強く反映される。「コンディションが良いと、ときおり予想もしなかった良い形を見せてくれるのが銅」という。自らのうつろいまでもが銅板に重なりゆくなか、12月14日から平塚市美術館で個展が始まった。外光が降り注ぐホールには、大学院時代から現在まで約20年の間に徐々に“花開いていった”作品17点が並ぶ。
「今回の個展を区切りに、自分と銅が次にどう変化していくのか楽しみ」と語る糸賀は、これからもしなやかに一打一打を繋げながら、銅との尽きることのない対話を続けていく。
(取材:南雅一)
糸賀 英恵 (Hanae Itoga)
1978年神奈川県生まれ、2001年多摩美術大学デザイン科立体デザイン専攻クラフトデザイン専修(金工)卒業。03年多摩美術大学大学院美術研究科デザイン専攻修士課程修了。03年GALARIE SOL(東京)、08年ギャラリー四門(神奈川)、10年ギャラリー元町(神奈川)、13・15年ギャルリー東京ユマニテbis、16年ミライ工芸発心ステーション(高松三越)にて個展開催。04・09年あさご芸術の森大賞展入選。12年第67回行動展奨励賞、14年第69回行動展会友賞、15年第31回淡水翁賞最優秀賞。18年より多摩美術大学工芸学科金属コース非常勤講師。19年12月14日~4 月5日「糸賀英恵展 うつろいのかたち」(平塚市美術館)開催。
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