ブルックリン美術館で「ジャック=ルイ・ダヴィッドとケヒンデ・ワイリーの対決」と題した展覧会が開催されている(5月10日まで、ただし本校執筆時点で新型コロナウイルス対策のため休館中)。
かたやダヴィッドはフランスで新古典主義を確立した画家。代表作としては、フランス革命の立役者ナポレオンの肖像や戴冠式の大画面が有名だ。かたやワイリーは21世紀的リアリズムを標榜するアフリカン・アメリカンの画家。古典を参照して同胞アフリカン・アメリカンのモニュメンタルな肖像画を描くことで知られる。その成果を認められ、オバマ前大統領の肖像画をスミソニアン協会から依頼されて制作している。
本展の焦眉は二人のナポレオン対決。クールベット(後脚立)の白馬にまたがる勇壮な統領時代のナポレオンを描いたダヴィッドの《ベルナール峠からアルプスを越えるボナパルト》、そして同作を借用してワイリーが描いたウイリアムズという名の若者の肖像。この二つを並置する。
ダヴィッドの代表作の一つをフランスから借りてきただけでも特筆に値するだろう。展示もたっぷりとスペースを使い、中央にそれぞれの頭文字、WとDをロゴ風にアレンジした壁にカーテンをあしらうなど、ゴージャスな演出を誇示している。
両作品の比較は、美術史の基本作業でもある。軍服のナポレオンに対して、バンダナや迷彩服、ティンバーランドの革ブーツなど現代ファッションに身を包んだウイリアムズ、風景の代わりに装飾的でフラットな地に赤い精子を無数に泳がせた背景など、細かく見ていくと限りない。
面白かったのは、騎馬像のナポレオンが腹筋にぐっと力を入れ、必然あごを引いて緊張感がただようのに対して、ウイリアムズはあごを突き出してちょっと不遜な雰囲気を醸し出している。何となくラッパー特有のポーズを思い出した。
ワイリーの特徴は、Ice-T のようなセレブもさることながら、都会に生きる普通のアフリカン・アメリカンたちをテーマとして、古典以来の肖像画の伝統を借りつつ、尊厳のある表現を作り出している点だ。
無論のこと、そこにはマイノリティの存在を主張する政治的意図が作用している。
だが、ひるがえって考えるなら、そもそも肖像というジャンルが権力や政治と密接に関係していたし、リアリズムも括弧つきのリアリズムで「現実そのまま」を描出しているのではない。ナポレオンも馬ではなくラバに乗ってのアルプス越えだったから、ダヴィッドの肖像も一種のフィクションに違いない。さらにワイリーは実作者の立場から、ダヴィッドの作品における馬と人間のプロポーションが実際とは異なることを指摘している。
その意味では、同展が二作品の比較にとどまらず、ナポレオンをめぐる視覚表象の歴史を印刷メディアや大衆メディアも取り込んで展示していて興味深かった。
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