コロナ禍のNYでは、8月末にとうとう美術館が解禁され、入場制限やマスク着用・社会距離の遵守などの制限付きながらメトロポリタン美術館やMoMAが再オープンし、その様子は美術界のトップ・ニュースにもなっている。
一番乗りのメトロポリタン美術館では再開の特別コミッションとしてオノ・ヨーコの垂れ幕作品《Dream Together》を正面に設置した。当初全米最悪の感染地域だったNY市は合言葉「We are all in this together」の精神で、現在ではPCR検査陰性率が1%前後で推移するまでになった。まだまだ予断は許さないが、理想主義的な「一緒に夢見よう」というオノの呼びかけは、その合言葉に響きあう。
ちょうど19年前に起こった9・11の時、チェルシーの画廊の窓に掲示されていたオノの《Imagine Peace》のポスターを偶然にみつけて元気づけられたことを思い出す。
オノが1960年代から追及してきた人類普遍の夢―平和と共生―が、世界危機の時に、遠くの灯台の光のように呼びかける。
その一方で、社会正義を求めるBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動が示すように、夢の実現は一筋縄ではいかない。なによりも〈かくされた歴史〉や〈つくられた歴史〉さらには〈知らない歴史〉の見直しがなければ現在を共有できないからだ。
現在を逆照射する歴史の共有は夢を実現するために不可欠だ。それを見すえて伝えていくのは、人間の営為としての芸術の使命の一つではないだろうか。それは根気のいる大仕事だ。何人もの作家が、あたかも象を手探りするように、いくつもの角度から見ていかねばならないだろう。
そんな作業をしている作家の一人が、NY在住の蔦谷楽だ。昨年秋にダウンタウンのシャーリー・ファイターマン・アート・センターで開催された個展では、第二次大戦中にモンタナ州ミズ―ラの異国人拘留所に収容された日系一世の男たちをテーマに、彫刻や絵画を交えて制作した力作ビデオが中心だった。今回は日米両国における原爆の歴史に取材する新作《くものいと》をロワーイーストサイドのオルテリア画廊(Ulterior Gallery)で発表した。
ロックダウン解除第二段階の6月22日に始まった個展は、原爆投下75周年を意識して長崎への投下が実行された8月9日に閉幕。画廊で展観した120号相当の大作カンバス2点と小品のドローイング1点にくわえて、フェイスブックに連日新作したドローイングを掲載し《Daily Comic》シリーズとして合計47点を剛腕で会期中に完成させた。
目鼻のない人物群や動物を人間に見立てた寓話性とコミックに由来するドローイングの描写力は前述のビデオ作品でも顕著だった。
新作シリーズで特筆すべきは、日米二つの視点と時間系列を交えながら、初期作品の特色だったと聞くモンタージュ手法を縦横に駆使し、大小のスケールを混在させながら歴史に裏付けられた数多のイメージでシュールに〈意味〉の形成を狙っている点だろう。
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