「思いを馳せる」…遠く離れた人、場所、時間などに思いを巡らすこと。
私はどうもこの時間に幸せを感じている様です。
日本画の特徴として、絵具や道具が大昔から殆ど進化していないことが挙げられます。現に私のアトリエでは、祖父の使っていた絵具や道具がまだまだ現役で作品制作に役立っています。注意深く周りを見渡していると、大正、明治期以外にも、江戸期に使われていた絵具や道具がそのままの姿で残っているのを見つけることができます。岩絵具、水絵具、筆に筆洗。他にも硯や墨。その中でも今回は墨についてお話しいたします。
私が持っている墨の中で一番古いものは正保2(1645)年製のもの。しかもコンディションは抜群で、未だに現役。むしろ今のものとは比べ物にならないほどの表現力に驚かされます。墨は数十年、数百年と時が経ったものが古墨として珍重されてきました。しかし、その“時”の過ごし方によっては、劣化現象で使い物にならないことも少なくはないのです。古墨において、その製造時のコンディションと長い時間の保管条件によって、唯一無二の古墨になるのか、ゴミになってしまうのかが決まってしまいます。写真のものは、その墨の生まれと育ちが一目で判り、どんな表現をもたらしてくれるのかを整理したものです。カルテと言ったところでしょうか。
その墨が私の手元にやって来るまでに、どんな時の過ごし方をしたのかに思いを馳せながら、硯に墨をあてています。
川嶋 渉(かわしま・わたる)
1966年京都府生まれ。現在日展会員、京都市立芸術大学教授。京都精華大学卒業後、90年日展初入選。以後毎年出品を重ね96年特選、2018年京都市長賞を受賞、2020年日展会員推挙。その他個展・グループ展多数。10月31日~12月6日京都市京セラ美術館「KYOTO STEAM 2020 国際アートコンペティション スタートアップ展」に出品。
【関連リンク】川嶋渉(京都市立芸術大学)