今さら言うまでもなく、昨今のクサマ人気はすさまじい。
私自身がニューヨークで初の草間彌生回顧展にかかわったのが1989年。以来、草間がクサマに進化していく過程を見守ってきた。NYで格闘する戦後日本美術の専門家としては、自分のことのようにうれしい一方で、ここまで来てしまうと、草間研究は引退して、クサマ・ファンに徹する方がクサマ流では、と気づき、殿上人のクサマを遠眼鏡でウォッチングしてきた。
有難いことに、草間テーマの博士論文を下敷きにMIT大学出版局から単著を出版した山村みどりや、2017年にワシントンのハーシュホーン美術館で力のこもった草間展を企画した吉竹美香など、頼もしい後続世代が輩出して研究は進んでいる。
その吉竹がNY植物園(NYBG)で草間展を4月10日にオープンさせた(~10月31日)。
名付けて「宇宙的自然=Cosmic Nature」展。広大な植物園の敷地内に配された9ヵ所のサイトをめぐって、草間作品を見る構想だ。幸いにも報道内覧の日に吉竹に案内されて見学する機会を得た。
思えば、草間は実家が種苗園で、幼少の頃から植物に親しんできた。初期の作品から植物や花をモチーフにしたドローイングや絵画は数多い。また最近ではパンプキンの彫刻や極彩色の花の立体を野外に設置するなど、草間アートと植物は伝記的にも図像的にも切っても切り離せない関係にある。
それなのに不思議なことに植物園での草間展は、これまで誰も思いつかなかった。コロンブスの卵のように絶妙な企画だ。
ただし、NYBGはテーマ別仕立てで手入れが行き届いた、一種の人工的な庭園だ。それだけに空間を読みこなして作品を配置するには、高度なセンスを要するだろう。吉竹のキュレーションには、安易に草間のセレブ性に寄り掛かることなく、正面から草間作品と植物の共生に取り組んだ成果が感じられる。
最新作の《ダンシング・パンプキン》一つをとっても、ドーム型温室と桜の大木を背景にしたプレス用写真は圧巻だが、作品が設置された広場に立つと、「踊る」と銘打ったコンセプトが作品からビビッドに迫ってくる。
また、園内の花壇は季節を追いながら常に植え替えが行われているが、会期中は草間の色遣いに合わせてパンプキンの黄色を多用したり、様々な工夫を凝らしていくという。また温室内の《スターリー・パンプキンン》に向かうプロムナードは、近作絵画のパターンと色調を反映した構成で、黒のパンジーやどぎつい赤の観葉植物など、園芸店などでは見ない取り合わせには面喰った。ただ植物園側が草間のアートに呼応してキュレーターと協力しつつ新しい植物空間の演出を考案している越境性も、本展で評価したい点の一つだ。
図書館の展示施設を使った小展示にも、吉竹の真摯な取組みが表れている。特に、ドローイングや彫刻小品の選択は、50年代から各年代を通じて、草間が植物宇宙を凝視し続けてきたことがうかがわれる。
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