“神楽”――〈いま―ここ〉にあるもの
日本画の新鋭・川﨑麻央の地元、島根県益田市は石見神楽の本場。日常的に笛の音や太鼓囃子が聞こえる土地柄で、魔除けとしてお面を玄関に飾る風習があるほど、神楽は人々の生活に深く根付いている。そんな風土で育った川﨑にとって、神楽とは古典ではなく、マンガやアニメと変わらない、いま存在している文化だった。
東京藝大で課題に追われ、論文を書きあぐねる日々を過ごしていた時。何とはなしに水に墨を垂らし、浮かんでくる模様に目を凝らしてみた。一瞬、踊っている人が見えた。忽ち、地元で見た光景が脳裏に浮かんだ。神楽を表現しようと思い立ったのは、そんな何気ない連想から。
はじめは、地元ゆかりの神楽を描くことが気恥ずかしいと感じた。だが、神楽の舞踊が持つ激しい動きを絵に再現してみると、画材がしっくりと馴染む。同時に、それまで均等に色を塗るため丁寧に動かしていた刷毛を荒っぽく動かすと、自分の動作がそのまま絵になるように感じて心地よかった。
「知り合いのおじさんが神楽を舞う瞬間、正体不明になる、あの“ドキッ”とする感じを個人的に表現したいんです」
力強くリズムのある輪郭線、躍動する肉体、手足が見せる表情の面白さ、鮮やかな色彩――古典芸能に材を取りながらもエネルギッシュでポップな世界は、神楽を〈いまーここ〉にある存在として捉えるからこそ成り立っている。
近作では神楽のみならず、自らを取り巻くものに対しても注意を向けるようになった。
自分の中にあるもの、見てきたもの……一見些細なものの中にこそ、表現するべきテーマが潜んでいるのではないか――
神話の世界に飽き足らず、独自の表現を熱心に研究し続ける川﨑が、これからどんな作品を世に送り出してくれるのか目が離せない。
(取材:原俊介)
川﨑 麻央(Kawasaki Mao)
1987年島根県生まれ。現在東京藝術大学日本画テクニカルインストラクター、日本美術院特待。今後「再興第107回院展」(東京都美術館他)9/1(木)~17(土)、「第3回 石見のいろ 出雲のかたち 川﨑麻央・永岡郁美二人展」(かわべ美術)10/19(水)〜30(日)などに出品予定。