刀根康尚の初の回顧展「パラメディアの領域」がソーホーのアーティスト・スペースで開催された(~3月18日)。
1935年生まれの刀根は、日本では60年に結成されたグループ音楽のメンバーとして知られているが、現代思想にも博学で理論家・評論家としても活躍した。
72年に日本を離れ、米西海岸やパリを経てニューヨークに定住。音楽のジョン・ケージやダンスのマース・カニンガム、アートではフルクサスやアラン・カプローなどと広くコラボレーションを行っている。
これだけでも60年代作家としてグローバルな前衛の歴史に残る活躍なのだが、それに安住することなく、むしろ刀根の真骨頂はテクノロジーが高度化していく80年代以降に全開した。前衛が固化せず、時代とともに進化していく凄さには率直に脱帽する。
広々とした会場には、作家が使っていたオルガンやピアノ、フルートなどの楽器や演奏のためのオーディオ機材が展示されている。
パフォーマンス・プログラムの際には、必要な機材を地下の会場に移して演奏を行うということで、すべて現役で作動する。
さすがに唯一調整が必要だったのは5インチのフロッピーディスクを使うホームコンピュータの元祖、コモドール64で、これは《フルートのためのリリクトロン》の機材だった。フルート奏者が演奏する音を俳句の音声に変換する趣向だ。
会場には、演奏の記録映像をみせるモニター類もあり、この作品のみならず、グループ音楽の演奏会を収録した61年の朝日ニュース「これが音楽だ!」、カプローやロバート・ワッツとの協働ハプニングの映像などを映している。また、刀根が大量に保存していたスライドから選んでいくつかのプロジェクトが紹介されている。
その中で、目を引いたのは《Floating Sotoba》だった。シャーロット・モーマンが毎年開催していたアバンギャルド・フェスティバルの第15回(1980年)の参加作品。平家物語のエピソードで、鬼界が島に流された平康頼が望郷の念から1000枚の卒塔婆に歌を書いて海に流した願掛けにちなむ。
刀根の作品には万葉集や唐詩などをベースにしたものもあり、古典文学への造詣がうかがえるものが少なくない。それらがアバンギャルドなイベント、またコンピューターや最新のオーディオ機器を使う作曲・演奏と組み合わされるところが刀根流だ。
意外な組み合わせと言えば、刀根のテクノロジー観は、次のモットーに集約されている。「賢いメディアに立ち向かうには、原始的でなければならない」。
ハイテクに対抗するプリミティブ――その最たるものが80年代半ばの《傷ついたCD》だろう。CDプレイヤーはレーザー光線をCDに当てて情報を捕獲するので、そのプロセスを阻害するためにテープを貼ったりして、意図的にエラーを導入したものだ。これがノイズ音楽における「グリッチ」の先駆だと言われている。なるほど、前衛の威力である。
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