「サンディ」以後
富井玲子
アメリカの東海岸に甚大な被害をもたらしたハリケーン・サンディはNYの基幹産業であるアートにも深刻な被害をもたらした。
特に、ハドソン川が大潮と台風による高潮のダブルパンチのため想定外の猛威で氾濫した。そのため、チェルシー画廊地区では、ひどい場合には胸までつかる程の浸水となり、展示中の作品はもとより、1階や地下部分に保管されていた作品が多大なダメージを受けた、という報道が出ている。
マンハッタンに住んでいると、少し歩けば川があるのは当たり前の光景。しかしながら、NY市の避難地図を見ると水際はビッシリと赤いゾーンA。今回も、そして昨年のハリケーン・アイリーンの時も避難勧告の出された地域だ。
これを見てショッキングなのは、チェルシー画廊の中核部分にあたる10番街と11番街にはさまれた20丁目から26丁目の長方形はゾーンAで、危険度が1段階下のゾーンBに食い込む形で赤く塗られている。アイリーンの時には住民が避難させられてニュースになっていたが、あらためて考えると画廊街は水害危険区域のど真ん中。
11月8日執筆の時点では排水など物理的な後始末が終了して、痛んだ作品の点検や保険会社との交渉などのプロセスに移っているようだ。
画廊に限らず水による作品の損傷は、作家にとってもコレクターにとっても水害後の大問題。
ニューヨーク近代美術館では、11月3日、グレン・ロウリー館長のメッセージがメンバー(友の会会員)や報道関係者に一斉にメールされ、ポスト・サンディ対策のワークショップが翌11月4日緊急開催されることが告知された。これは、アメリカ修復研究所のコレクション緊急対策チーム(AIC-CERT)との共催で、多くの参加者があったという。
ちなみに、このメッセージではMoMAも「コレクション救急対策」の手引きを独自に作成したことを発表。私もダウンロードして読んでみたが、非常に詳細な解説になっている。MoMAはサンディ後の作品保存の観点から支援のページを立ち上げて、対策手引きのほかにもワークショップのパワーポイントなどを提供している(リンクはこちら)。
メールによる告知などで状況把握できる範囲では、グラッドストーン画廊は「チェルシー回復の兆し」を報告、11月中旬以降の展覧会オープンを通知している。一方、マールボロ画廊は2013年1月に再開の予定。被害の程度も重症ながら、施設復旧のための業者不足が原因だと説明している。
いずれにせよ、これまでもチェルシー画廊はリーマンショックや長引く不況をしのいできたが、今回はハードに物理的なダメージだけに、今後の復旧が懸念される。
また、地球温暖化の影響で今後サンディ級の水害が珍しくなくなるとすれば、立地条件に始まって、アート・ビジネスの見直しも要請されることになる。
そうなると心配なのは、2015年に完成予定の新しいホイットニー美術館。チェルシー地区の南側、ガンスボート通とワシントン通の交わる一角で、いまやアートの名所となったハイラインの起点に位置する。市の避難地図ではゾーンBだが、ハドソン川からはほんの1ブロックの場所だ。防災対策の徹底的な見直しなど、これからどういうふうに動いていくのか注目される。(なお、我が家はゾーンCで避難勧告はなかったが、停電・断水で身動きがとれず現場取材はできなかった。今回の報告は、NYタイムズ紙10月31日、11月6・8日付のAllan Kozinnの記事を参考にしている)。
「新美術新聞」2012年12月1日号(第1298号)3面より