メール・アートの大家
メール・アートといっても、電子メールによる美術ではない。万国郵便条約に保障され、切手を貼って投函したら郵便局が世界中どこでも配達してくれる郵便を使った表現である。
戦後のニューヨークでは、通信派大御所のレイ・ジョンソンや概念芸術の河原温がメール・アートを使っていた。だが、メール・アートの真骨頂は、画廊や美術館という既成の制度を迂回して、作る人と見る人が直接に交流する点にあるから、裾野は広い。逆に言えば制度の外にあるから、制度の中で展開する美術史や美術館蒐集、展覧会のルートに乗りにくいのが弱点。
ただしサブカルチャーと似ていて、超オタク級の筋金入りのコレクターや研究者がいる。カリフォルニア大学バークレー校で講演する機会があったので、メール・アート研究の大家、ジョン・ヘルド・ジュニア氏を訪れ、コレクションを拝見するとともに、研究状況などについてお話をうかがった。
もともとの職業は美術司書。ゴム印を使ったアート表現に興味をもち、手探りでアーティストやゴム印業者を探しているうちに、戦後メール・アート元祖のレイ・ジョンソンと出会い、メール・アートやアーティストブックなどにも関心が出てきた。フルクサス、また具体の嶋本昭三とも交流してネットワークが広がっていった。著書には、メール・アートの解説入総文献(1991年)やゴム印アートの本(1999年)など。昨年はサンフランシスコ・アート・インスティチュートで西海岸初の「具体」のミニ回顧展を企画するなど旺盛に活動する。
現在は、モダン・リアリズム・ギャラリー&アーカイブのディレクターとして、コレクターと協力しながら絵画彫刻の定義を逸脱した作品の蒐集、整理、記録をする。オフィスもかねた自宅は、本棚やファイルケースがビッシリと並び、壁は額装したメール・アートの作品で埋まり、過去に企画した展覧会のポスターも並んでいる。自作の絵画やメール・アートも壁にかかっている。
お話を伺っていて興味深かったのは、メール・アートや美術家の作る本やザイン(小雑誌)など紙物のアートは、通常の美術市場の外にあり、制作者やコレクターなどが緊密ながら閉じた世界を形成している。ヘルド氏が研究者だといってもこの閉じた世界での話。だから、作品を記録保存するだけではなく、購入や寄贈を通してMoMAやアーカイブ・オブ・アメリカン・アート、またゲッティ研究所のような機関へ積極的に作品を移していくことで、将来的に美術史や美術館の専門家が研究の対象にしうる基盤を作っているのだという。(ちなみに、氏の蒐集したメール・アート系雑誌の解説付一覧はMoMAのURLでhttp://research.moma.org/mailart)
何しろ、グローバル化やネットワーキング、制度批判、観客参加型アートやDiYのアートなど、現在のアートの問題意識を何十年も前から追及してきた表現だ。学術的には未開拓だけに、ユニークでやり甲斐もあるはずだ。 「意欲的な研究者を求む」という言葉で訪問が終わった。
(富井玲子)
「新美術新聞」2013年11月1日号(第1327号)3面より