豪州の先達学究
11月の末にオーストラリアに出張した。シドニー大学のジョン・クラーク教授が退官するのを記念するコンフェレンスで発表するためだ。
クラーク教授は、アジアの近代美術を包括的に研究した先達。1980年代から継続して日本、中国を中心として広くアジアにおける近代性(モダニティ)の意味と多様性を脱中心的な視点から考察してきた。
日本では、神奈川県立近代美術館とニュー・サウス・ウェールズ州立美術館が1998年に共同企画した「モボ・モガ1910-1935展」に企画発案者として大きく貢献し、シドニー巡回の折には大々的なコンフェレンスを企画開催している。
むろんのこと著作も多いが、1998年刊の『Modern Asian Art』は教科書的存在。またグローバルな研究状況への目配りも周到で、PDFでダウンロード可能な「アジアの近現代美術文献リスト」を随時更新してきた(http://goo.gl/dLrbNg)。
コンフェレンスは、その長年の功績を顕彰するために、直弟子だけでなく、広くアジアの近現代美術の研究者に募って2日間の盛り沢山の発表が構成された。(詳細はhttp://goo.gl/ryUPqb)
基調講演が2本(うち1本は、モボ・モガ展の共同キュレーターの水沢勉氏)、実作者とキュレーターが見たアジアとオーストラリアの関係をテーマにした特別セッションに加えて、近代との格闘、近代の形成、近代というビジョン、伝統への挑戦、そして現代というテーマ別に5つのセッションがもたれた。
筆者は「現代」のセッションに参加。具体の吉原治良が1951年にどのようにポロックを見たのかを、吉原の発表したテキスト3点を精読し瀧口修造のポロック観と対比させてみた。ハーバード大学博士課程の直井乃ぞみが竹久夢二の初期作品における大衆性と前衛性の対比を考察したほかは、オーストラリアという土地柄もあり、中国研究に加えて、東南アジアの研究発表も多く充実していた。
興味深いのは、マレーシアやタイ、インドネシアなど、個々の地域における近代形成にむけた状況は、日本のそれと大きく呼応する部分がある、ということだろう。
たとえば、セレナ・アブドゥラ(マレーシア科学大学上級講師)による歴史言説形成の再考は、日本における近代言説形成の諸問題と重なってくる。その意味では、一国、一地域を越えて、アジアの横断的な視点を、単なる類似にとどまることなく、差異もにらみながら、どう組み立てていくかという課題が大きく浮かび上がってきた。
その一方で、国単位の美術史への懐疑が強まる中で、いたずらにトランスナショナルを追いかけても、真相を見誤りかねないことは、台湾の台展へ参入した民俗系宗教画家の特異な事例に、地域性をこえた近代の大問題が潜んでいたりすることからも明らかだろう。
ここまでに蓄積されてきた研究の厚みに瞠目するとともに、まだまだすることが残っている、という実感をもって帰途についた。
(富井玲子)
「新美術新聞」2014年1月1・11日合併号(第1332号)3面より