タスマニアにMONA(Museum of Old and New Art)という新しい美術館がある、3年ほど前に開館したものだが、オーナーはギャンブルで財をなした人だという。もともと数学の先生だったが、ギャンブルに勝つ方程式を編み出し、それを適用したところ実際、大金持ちになったというのだ。そして今はどこのカジノでも出入り禁止だという。どこまで本当で、どこまで作り話か分からないが、おおよそ誰に聞いてもそういう話をするから、そうなのだろう。
そこで、興味を惹かれ3月の初めに行ってみた。タスマニアはオーストラリアの南にある島である。だから日本から行くのに時間がかかる。シドニーで乗り換えて通算20時間近くかかった。中心の街はホバートで、しずかなちょっと英国風の港町という風情である。ニュージーランド並みに世界の果て感がある。その街の港から、フェリーで30分ほどいくと半島の先に作られた美術館に到着する。
建築は相当スペクタキュラーだ。何しろ絶壁に現代建築を横からくっつけたような構造になっているので、外からは目立たないが、中に入るとロビーや廊下の壁は自然の絶壁をそのまま使っている。水漏れが激しくて、大変らしい。
崖の上には古い灯台のような家が建っている。だれかの別荘だったのかも知れない。後ろにはホテルがあり、カフェとレストランもある。出されるワインは全て美術館の荘園でとれるワインである。
中身を一言で説明するのは簡単ではない。というのも、エジプトのミイラもあれば、現代美術のメディアアートもあるからだ。コンセプチュアルな作品もあるが、結構どろどろしたゴシックな趣味も入っている。例えばルイーズ・ブルジョワのインスタレーションや、歪曲した人体のような彫刻がある一方で、ジョゼフ・コスースの歴史的作品もある。日本人では池田亮司の長大なプロジェクション、樫木知子の絵画、岡部昌生の広島駅のフロッタージュなどが見られる。オーストラリアの直島だと言うこともできるかもしれない。一度は行ってみるべきだろう。
さて、5月14日頃は香港バーゼル・アートフェアの開幕であった。ギャラリーの数も245と最高レベルを保ち、出展もプロフェッショナルで世界の一流ギャラリーが勢揃いした感があり、名実ともにアジアのアート市場の中心になったと言えるでのはないだろうか。売り上げがどれだけのものとなったかは不明だが、いまや世界のアートの動向を握る勢いである。
また香港には近年急激に欧米の有力ギャラリーが支店をオープンし、そうしたギャラリーも一斉に展覧会を開幕し、人を集めていた。さらに、関係者が前後に行うエクスクルーシブなパーティーとディナーの数は100くらいに達するのではないだろうか。その経済効果だけでも大変なものだ。ニューヨークのアジアソサエティーはわざわざ香港に出向いてきて、2回も趣旨の違うガラパーティを開催した。日本もアートの市場がソフト産業の一環として極めて重要なものだという認識を、政府やマクロ経済関係者には持ってもらいたい。日本からも現代美術やクールな現代日本文化の提示などを行ってもいいのではないか。
(森美術館館長)