富井玲子 [現在通信 From NEW YORK] : バンビの背景

2015年04月26日 10:00 カテゴリ:コラム

 

バンビの背景

 

 

ディズニーのアニメ映画は芸術性の高さで知られているが、そのつもりで鑑賞したことはなかった。無論、子供のときに見てはいるのだが、面白いお話として見ていただけ。とても「作品」という意識はなかった。だからといって、美術史家になってあらためて「作品」として見たか、といえば、「していなかった」というのが実際で、うかつな話ではある。

 

だから、ディズニーの長編アニメ第二弾の「バンビ」でアニメの背景画を革新した中国系アメリカ人画家、タイロス・ウォン(黄齐耀)の展覧会がチャイナタウン近くのMOCA(美国華人博物館の略)である、と聞いても食指が動かず、報道内覧は夫に代参してもらった。

 

ところが帰宅した夫は、スゴイ、スゴイ、見なくちゃ駄目だ、という惚れ込みよう。お絵描きが得意でディズニーで働きたいとか漫画家になりたいと思った少年時代があるだけに見る眼が違う。1910年に生まれ今年105歳になるという作家も来るというので、夕刻のオープニング・パーティに出席した。

 

以前にも本欄で紹介したが、MOCAはマヤ・リンの建築デザインで小粒ながら瀟洒なスペース。中国人移民の歴史と業績を顕彰するのがモットーだ。

 

「水天一色―黄齐耀艺术展」と題された回顧展は、少年時代に移民した米国で画家としても活躍したウォンの水墨画、1940年代に移籍したワーナー・ブラザーズでの撮影準備用イラストの仕事、さらに1968年に引退してから始めた芸術凧作りまで、少数厳選で紹介する。

 

が、なんといってもお目当てはバンビの背景画。絵コンテ以前の画面設定の風景の数々は絵葉書程度に小さいが、それぞれが雰囲気のある小宇宙を作っている。ディズニーに就職したての最初期は、どちらかといえば瑣末な機械的作業が主体だったが「白雪姫と七人のこびと」の次は「バンビ」と聞いて発奮。デコなリアリズムが主調の「白雪姫」にあきたらず、宋画に発想した朦朧体的な森林風景を案出。これを自主的にプレゼンしたら大好評で採用された。

 

 

 

会場では映画「バンビ」から抜粋した森や山火事のシーンを高解像度のモニターで展示。その左右に紹介されている水彩風景のしっとりとした筆使いをモニターの中にも発見して、実に驚愕。こんなにアニメの背景だけをまじまじと見つめたのは初めてだ。

 

帰宅してからYouTubeで「白雪姫」を検索したが、確かに背景の作りは「バンビ」の方が芸術的で、全体の雰囲気が違う。

 

ウォンは、ストーリーの核心をつかんで表現する才能があったのだろう。ワーナー・ブラザーズへの入社試験代わりに制作したアラジンの水彩絵コンテは、短時間に即興で仕上げたものだが、そのまま子供の絵本にも使いたいくらいに質が高くムードもいい。見事に合格して、サム・ペキンパー監督の「ワイドバンチ」など数々の映画のためにスケッチやドローイングを提供した。

 

ところで当の作家ご本人だが、カタログのサイン会のあと、子供や孫に囲まれてにこやかに登場、しゃべりだすと止まらないからと、娘や孫が代わりに挨拶。今も凧揚げに出かけるという元気な老人だ。

 

(富井玲子)

 


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