『筆を洗う』
近々、アトリエを引越しすることになった。荷物整理をしていると、瓶に詰め込まれた大量の古い絵筆が目に留まった。もう使えなくなったものばかりだが、何となく捨てられずに取って置いたものだ。油絵を始めた当初のものもあり、そのほとんどは毛が抜け落ち、絵の具でカチコチに固まっている。見れば見るほど、当時はこんな使い方をしていたのかと呆れてしまった。
学生時代、制作後の師の絵筆を洗うことが私の日課であった。筆を洗うことで、毛先に含ませる絵の具や油の量、色の混ぜ具合、そして絵に向かう姿勢などを目で見て学び知ることが出来る。それが師の教えであった。一度、その日課を忘れたこともある。翌朝に気付いたが時すでに遅し、その日は丸一日、こっぴどく叱られたのを覚えている。
今や私にとって筆を洗う時間とは、一日の制作を振り返るための大切な時間だ。今日の仕事の進み具合を確かめ、見直し、明日はどの辺りに手を入れようかと考えながら、たっぷりと時間をかけて丹念に筆先を洗い上げる。筆の使い方が悪い時は、絵が進まない、締め切りに焦っている、集中していないからだと気付くようにもなった。
水を切り、指で揃えた毛先を下に向け紐でぶら下げ、乾燥させる。こうして一日の作業を終える。良い仕事ができることを願い、明日を迎えるために欠かせない、毎日の祈りの様なものだ。
立石真希子(たていし・まきこ)
長崎美術学院 研究科修了。現在 一般社団法人日本美術家連盟 会員、一般社団法人二紀会 準会員。
1980年 長崎市生まれ
2001年 筑後市美術展 読売新聞社賞、第55回二紀展 初入選(以後毎年)
2007年 第6回人間讃歌大賞展 大賞(北里大学研究所)、第61回二紀展 二紀賞
2008年 第43回昭和会展 昭和会賞(日動画廊)、長崎県民表彰 特別賞
2009年 文化庁派遣 芸術家在外研修員 一年派遣(スペイン・マドリッド市)
2013年 個展(日動画廊、福岡日動画廊)、第67回二紀展 宮永賞
2014年 公募団体ベストセレクション美術2014(東京都美術館)
2015年 個展(日動画廊、長崎浜屋百貨店)
他 グループ展等 多数出品
今後の主な出品予定は、2017年7月26日(水)~8月1日(火)「第6回われらの地平線」(日本橋三越本店)など。