[通信アジア] この一年、美術館の冒険!:青木 保

2018年01月29日 11:00 カテゴリ:コラム

 

ミュシャ展 会場風景

ミュシャ展 会場風景

 

2017年を振り返ると、まず何と言っても2月から6月にかけて行った二つの展覧会が明記される。「草間彌生 わが永遠の魂」(2月22日~5月22日)と「ミュシャ展」(3月8日~6月5日)である。草間展「わが永遠の魂」は展覧会場の中心部分の巨大な空間を埋め尽くす大きな絵約130点に圧倒される。まさに色彩にあふれる近作ばかりであり、草間氏のアーティストとしての力量と魅力が最大限に発揮された。ミュシャ展も普通アールヌーボーの代表的な存在として知られ、日本にも多くのファンを持つこのアーティストの今まで知られていなかった後年の作、「スラヴ叙事詩」全20点が一挙に公開されて驚くとともに魅了された。1点が最大縦6m、横8mという大作20点、これは全貌をしっかりと見られる展示としては世界初である。昨秋、プラハを訪ねたときに市立美術館で見たのだが、薄暗い空間に簾のように吊り下げられていて、正直、展示とはとても呼べなかった。それが全点見事に展示されたのを見ると実にすばらしい作品群である。チェコの大臣や首相、そして大使も大変喜んで下さった。草間展51万人、ミュシャ展65万人、観客数が物語る。

 

私は、この経験からだけでいうのではないが、展覧会は作品に魅力があることは前提であるとしても、その見せ方、展示空間の在り方にこそ大きな意味があるとあらためて感じた。そこにこそ美術館の工夫が生かされる。逆にいうと美術館の楽しみも苦労もそこにあるということに違いない。どう見せるか、どういう風に、どういう形で、キュレーションの楽しみ、と捉えておこう。この二つの展覧会はそれをダイナミックに感得させてくれた。キュレーターの方々は、そんなこと当たり前、と言われるでしょうけど。というよりも、私は実のところある野心を持っていて、通常、博物館で展示されるような古い仏像などの文化財を、この美術館の展示空間の中において全くイメージ一新の現代的なアートとして、その意義を理解させ、その魅力を味わわせることが出来たら、と思っているのだ。

 

「草間彌生 わが永遠の魂」会場風景

「草間彌生 わが永遠の魂」会場風景

 

2017年は、その後、「ジャコメッティ展」(6月14日~9月4日)、と「サンシャワー:東南アジアの現代美術展」(7月5日~10月23日)と続き、秋には「安藤忠雄展―挑戦―」(9月27日~12月18日)そして「新海誠展 『ほしのこえ』から『君の名は。』まで」(11月11日~12月18日)が開催された。いずれも意欲的革新的あるいは冒険的といっても過言にはならない、それぞれ力点は違うところがあるとしても、展覧会である。展示の仕方、キュレーションの巧みさその効果を存分に感じさせてくれる展覧会である。東南アジア諸国連合を形成する10ヵ国の現代アートを選りすぐって展示したサンシャワー展は、そのさまざまな絵画もインスタレーションも多彩に用いて表現するアート作品が、近代的な美術や美術館の枠を飛び越えてゆくような熱気を帯びているのを肌で感じることが出来た気がする。私にとって大きなレッスンとなった。ジャコメッティ展はこの作家の存在をよく感じさせる、ある意味、典雅で古典的とも評されうる展覧会であり、そのアートが内に潜めた激しさとともに伝わってきた。

 

安藤展は、建築をいかに美術館という閉じられた空間の中で見せるか、というその発想からして冒険と飛躍をはらむ企画には違いないのだが、安藤氏の建築の斬新で現代的でしかもどこか古典的ともいえる魅力が驚いたことに存分に発揮された展覧会となった。野外展示場に再現された原寸大の「光の教会」の、観客に建築の実物を体験させるという画期的な試みもあって、見飽きることがない。この教会では三組の結婚式が行われた(うち一組は結婚記念式)。新海誠氏のアニメーション映画『君の名は。』は昨年公開されるや一躍評判となり驚異的な数の観客を集めたが、それは日本国内にとどまることなく全世界的な現象となりつつある。当館二階のサロン・ド・テ ロンドが映画の中で出てくる、今や聖地ともなっており、その展示もダイナミックで美しく、これまたアニメ―ション作品をどう展示したものか、という問いに十分応えてくれる展覧会になっている。駆け足になったが、当館の企画展はこのようにさまざまな冒険的試みを抱えた展覧会であったが、いずれも見事にすばらしい展覧会に仕上げてくれた。それぞれの企画に携わったキュレーターや協力者の皆様に心から感謝したい。2017年は当館の開館10周年であるが、この節目の年の展覧会として、それぞれの展覧会の性格の違いも含めて「国立新美術館」らしいものであったと考えている。もっとも、次の年がどうなるかは、分からない。

(国立新美術館館長)

 

「安藤忠雄展―挑戦―」で再現された光の教会にて

「安藤忠雄展―挑戦―」で再現された光の教会にて

 

ジャコメッティ展 会場風景

ジャコメッティ展 会場風景

 

サンシャワー:東南アジアの現代美術展 会場風景

サンシャワー:東南アジアの現代美術展 会場風景

 

新海誠展では記者発表会に新海誠監督(左)と神木隆之介(右)が登壇した

新海誠展では記者発表会に新海誠監督(左)と神木隆之介(右)が登壇した

 

 


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