余すことなく伝えるために――
2015年の第6回 東山魁夷記念日経日本画大賞展に出品した《さまよう》は、多摩美術大学一年目の夏、初めての自由課題で制作した作品だ。モチーフは動物園で一目惚れしたキリン。慣れない日本画の画材に苦労しながらも、好きなように描いた。大学の講評での言葉を今も覚えている。「君はこれでいきなさい」。――以来、自分が心に決めたものだけを描いてきた。
日本画を選んだのは、日本画しかなかったからだ。
美術予備校に入った矢先、アレルギーが発覚した。アクリル絵の具や、油絵に使うテレピンなどの有機溶剤が原因だった。眩暈や頭痛、薄い膜に覆われているような息苦しさ。岩絵具と膠――自然由来の画材を使う日本画は、たった一筋の光だった。今は「絵具の粒子一つ一つの存在を感じられる」この画材が自分に合っていると心から思う。
キリンやハシビロコウ、メンダコにオオサンショウウオ。画面いっぱいに生きものを配し、存在自体を込めるようにじっくり筆を重ねていく。「それしか見えなくなる」ほどの想いの深さが特徴的な画肌の厚みとなり、幾重もの岩絵具の層が複雑で美しい色合いを生む。
無論、制作には時間がかかる。「不器用だから」と笑うが、一本気とも言えるのではないか。誠実な制作への姿勢から生まれた澄んだ画面に魅了される者は多い。
2015年に五島記念文化賞美術新人賞を受賞し、2016年の春から1年間パリに住んだ。世界中の様々な国や地域から人々が集い、日常の中で多様な文化に触れた。毎日のように美術館を訪れ、観るもの全てを糧とした。
帰国して1年が経った。存分に摂った栄養がこれからその画面に現れてくるのだろう。若き日本画家が異国の地で得たものとは。新たな作品を心待ちにしたい。
(取材:和田圭介)
堀江 栞(Shiori Horie)
1992年フランス生まれ、東京育ち。多摩美術大学で日本画を学び、2014年に同大学卒業。同年5月に東京・京橋の加島美術で初個展を開催し、一躍新鋭の日本画家として注目を集める。2015年に「第6回 東山魁夷記念日経日本画大賞展」に入選、また「平成27年度五島記念文化賞美術新人賞」を受賞し、2016年3月から1年間パリに留学。一方で、数多くの装画や挿絵を手掛け、これまでに多和田葉子著『献灯使』(2014年 講談社刊)の挿画・装画、文芸誌『こころ』(平凡社刊)の装画・エッセイの連載(vol.23−vol.42)、『ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション』(インスクリプト刊)の装画などを担当している。
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