この3月、アブダビへ行ってきた。お目当ては言わずと知れたルーヴル・アブダビ、この美術館を見に行くことである。アブダビについてはどれほど知られているのか分からないが、一般には日本人には遠いところ、産油国であることくらいしか知られていないのではなかろうか。隣国のドバイについては世界一高いビルとか国際経済・金融の中東における中心地であるとか、その発展ぶりが豪奢を極めるホテルなどとともにテレビやマスコミでも紹介されることがある。アブダビについてはあまりそういう話題がない。アラブ首長国連邦7カ国の一つであり、ドバイの経済に対して文化のアブダビを目指すことも知られていない。しかし、アブダビは国際文化首都を意識して発展してきた。アメリカやフランスの大学誘致、文化施設の建設、中でもパリのルーヴル美術館別館の建設は世界の注目の的となっていた。
建築界の大御所ジャン・ヌーヴェルによる大胆な設計、30年間ルーヴル美術館が展覧会の責任を果たすといったことに加えて、噂ではあるが、この誘致のためにアブダビ政府がパリの美術館に払うといわれる巨額の負担金・借料は驚きの額であったし、何かと話題が尽きなかった。数年前、パリのルーヴルでアブダビでの開館時の展覧会の概要を展示していたのを見たことがある。ヌーヴェルの設計の模型も展示されていた。
さて、実際に行ってみると、ペルシャ湾南岸に位置するこの国の首都は砂漠の中に突然高層ビルが建ちあがるような都市の外観はドバイなどとも似ているが、面積と経済は連邦の中で一番であるし、今の中東では珍しく治安よくテロも起こらない。何よりも落ち着いていてホテルやレストランなどでもくつろげる雰囲気。ルーヴル・アブダビは海に面して乗り出すように作られ、入口のところからみるよりも内部の広さに目を見張る。
展覧会はルーヴル・アブダビが開館するために獲得したコレクションの中の主要作品を古代から現代までの広い意味での美術の発展に即して展示したものではあるが、単なる教科書的な展示ではなく、中東の地での展覧会として「普遍的な作品展」として形成されている。数々の名品、逸品の中には「ジャポニズム」と名付けられたコーナーでは歌麿や広重の作品もあるし、現代アートのコーナーには「具体」の白髪作品が一点展示されていた。見ごたえのある展覧会で、40代半ばと見受けられたパリから来たフランス人の館長の話ではパリで私が見た展示の10倍の作品が展示されているとのことである。ヌーヴェルの設計による巨大なドーム型の天井に覆われた美術館であるが、展示作品は目配りよく新しい美術館の最初の展覧会として申し分ない。その館長が言うには昨年ニューヨークのオークションで500億円余りで落札されたダ・ヴィンチの《サルバトール・ムンディ》が年末にはここで展示されるとのことである。なかなかの戦略である。これを見に多くの人がアブダビに来るに違いない。
美術館の話はこれくらいにして、ぜひアブダビを訪れてくださいという他ないのだが、ここではもう一つの驚きがあった。アブダビにある巨大なモスク、シェイク・ザイード・グランド・モスクである。何とも言い難いすばらしいイスラム建築の、このモスクは最深部の礼拝所以外は信者以外の外国人観光客にも公開されていて見て回ることが出来る。訪れたのは夕方、次第に日が暮れてゆく夕景の中に溶け込むようにして存在するこのモスクの美しさは、本当に忘れがたい美の経験でもある。ぜひここにも行ってほしいと多くの人に言いたくなる。
3泊のアブダビ滞在ではあったが、ここに欧米の文化機関が競って出てゆき、また中国などは軍港の建設もするとの話であるが、どうしてかと言えば、ここが世界の注目する戦略的要衝の地であるからだ。ここに日本も教育機関や美術館などが本来出るべきである。相変わらずロンドンやパリ、ニューヨークにロスなどという話ばかりだが、本当の戦略的重要性と世界の注目は、こういうところに集まる。「ナショナル・アート・センター・トーキョー・アブダビ」を作って、「マンガ・アニメ・ゲーム」日本館とすれば、ルーヴルよりも多くの観客が来るのではないか、というのは私が砂漠の地で見た白昼夢ということに今はしておこう。
(国立新美術館館長)
【関連リンク】ルーヴル・アブダビ ホームページ(英語)