[フェイス21世紀]:牧 弘子〈画家〉

2020年05月14日 14:00 カテゴリ:コラム

 

”世界は完全に幸せでも美しくもありません”

 

8年過ごした本木ひかりとの共同アトリエにて(1月21日撮影)

8年過ごした本木ひかりとの共同アトリエにて
(1月21日撮影)

 

歪(ひず)みや違和感、不自然な指先の角度から、理(ことわり)の内側へと手を伸ばすスタンスは、決して露悪趣味でなく、多義的な価値を等しく表そうとするため。命の混淆する平面は鮮やかな装飾美と相俟って強度の高い図像となる。

 

三姉妹の次女として福岡に生を享けた牧は進学した佐賀大学では独学で版画を制作。師なき孤独な道程に何度も限界を覚えた。そのような日々に転機が訪れる。「画家として絵で食べている人がいるんだ」恩師・小木曽誠との出会いは、雷に打たれたような衝撃だった。

 

大学卒業前に後輩が自殺。亡くなる直前まで絵を描いていたことを知り、何かを表現するということにはいったいどのような力があるのかと心を掴まれた。極限状態に置かれていても筆を離さず描き続けるということ。「時間が経って、いずれ自分はこのことを忘れるのだろうか…」忘れたくなかった。描く行為を続けていれば、何度でも立ち戻れる気がした。卒業後期待と不安を胸に上京。本木ひかり(現在写実画家として活躍)との共同生活が始まった。

 

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医療事務、アートスクール講師、美術館の受付、チラシ配り…何よりも絵を描けることが第一と、時間の融通がきくアルバイトを複数掛け持ちながら制作に没頭する日々。少しずつ発表の場が増えていった。

 

来月、永遠に続くとも思えた8年の共同生活を終え郷里へと住環境を移す。どこに身を置こうとも自分の興味の向くままあらゆることと相対したいという牧の作品を前にして、多くのシュルレアリストと交流するも自由な立場を貫いた女性芸術家レオノール・フィニ(1907~96)を表したジャン・コクトーの言葉が想起される。

 

――非現実のレアリスムにおいて、最近の期間をすべて要約しており、そこから最も真実なものが表徴(ルビ・シーニュ)となる――

 

奔放に溌剌と現代を生きる牧の眼差しは世界へと注がれその活動の場はこれからも広がり続ける。

(取材:坂場和仁)

 

《飲み乾す》2019年 45.5×53.0cm 白亜地、油彩

《飲み乾す》2019年 45.5×53.0cm 白亜地、油彩

 
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牧 弘子 (Maki Hiroko)

 

1987年福岡県生まれ。2009年佐賀大学文化教育学部美術・工芸課程卒業。11年同院修了。 17年第35回上野の森美術館大賞展入選、18年第9回日本芸術会館絵画公募展審査員賞受賞。14年、17年、19年ギャラリーアートもりもとにて個展開催。22年6月・日本橋三越本店6階美術サロンにて百貨店初個展開催予定。

 

【関連リンク】牧弘子

 


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